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KAY←O -ノックアウト-

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ナヤミ6

「あ、 お母さんですか。 ボクです。 今日は……あの、 ゆ……友人の家に泊まりますので、 帰りません……それじゃっ」
 タケのことを何と説明して良いかわからず、 友人と言う言葉を出してしまったボクは、 電話の向こうで母のニヤついているだろう気配を感じて、 何か言われる前に急いで通話を切った。
 電車の中で、 こぼれそうになる涙を堪え、 唇を噛み締めていたタケは、 めずらしく家に着くまで一言もしゃべらなかった。
「芝・中川」と書かれた表札が掛けられたドアを、 鞄から取り出した鍵で開けると、 暗闇に向かって、 小さくただいまと呟いた。
 その後ろ姿を見たとき、 確かにボクの行為は間違いじゃなかったと思ったのだけど、 実際家に上がりこみ、 居間に通されたボクは、 何を言ったらいいかも、 何をしたらいいかもわからず、 家に連絡を入れると呟いて、 廊下に逃げ出してしまった。
 居間に戻るドアノブに手を掛けたまま、 タケに何て声をかけようか考える。
 とりあえず、 宿泊の許可がもらえたことは報告しよう。 それから……あ、 おばあさんにただいたメロンのお礼を……
 グー。
 メロンのことを思い出した途端、 腹の虫が鳴いた。 きっとおいしかっただろうに、 まったく覚えていないのだからもったいないことをした。
 携帯を開くと、 小さなデジタルの文字盤は21時を示していた。
 まずは飯の相談、 だな。
 話すネタが見つかって、 ボクはフッと小さく息を吐いてから、 タケのいる居間のドアを開けた。 途端に、
「フミくんフミくん。 ご飯にする? お風呂にする? それともふ・と・ん?」
 タケが、 フリフリのエプロンをヒラヒラと振りながらキスを投げてくる。
 どこからそんなもの持ってきたんだか。
 ボクはいつも通りのタケに、 ほっとしつつ、 ほっとした自分が少し情けないなと思った。
「タケくん……」
 ボクはタケに近寄ると、 眼鏡をはずして1センチの距離まで顔を近づける。
「フミ、 くん……?」
 タケは、 戸惑ったようにボクの両目を交互に見ていたが、 やがて目を閉じると顔を傾けた。
「夕飯、 どうしましょうか」
 ボクがタケのエプロンで眼鏡を拭いていることに気がつくと、 タケは目を開けて、 プクッとほっぺたを膨らませた。
 何を期待しているんだ……。 そんな仕草で、 ボクが揺らぐと、 思うなよ?
 ボクは一瞬止まりかけた心臓を手で押さえると、 もう片方の手で、 くもりの取れた眼鏡を掛けなおした。
「パスタでよければ僕が作りますよ」
 タケがサラッと言って、 居間から続くキッチンの方へヒラリとエプロンを揺らす。
 ゆで卵ですら満足に作れないボクをその場に置き去りにして、 タケは慣れた手つきでパスタをゆで始めた。 皿がある場所も分からないボクは、 一歩も動くことができずにただただその後姿を見つめるしかできなかった。

「フミくん、 お風呂は夜派ですか? 朝派ですか?」
「え……あ、 どちらでも……」
 レトルトとは言え、 ほぼ湯で時間と同じ時間で出来上がったパスタを目の前にして、 ボクは完全に打ちひしがれていた。
 一体何をうぬぼれていたんだろう。
 今日初めてタケの事情の一部を知って、 それがボクの家とはちょっと違う環境だからって、 勝手に可哀想だなんて思って、 癒せるかもとか、 慰められるかもとか、 そんなこと思って、 そんなのタケにとってはとっくに普通の生活の一部なのに。 これまでボクなんかがご存知ないところでタケはずっとがんばっていたことなのに。 ボクは何をでしゃばったマネ、 しようとしていたんだろう。 何ができるなんて思って、 ついてきたんだろう。 夕飯をおごる金だって持っていやしないのに。 1人分で済むはずのパスタを作らせて、 風呂の用意までさせようとして……。 最低だ。
「あ、 あの、 タケくん………ボク、 やっぱり帰ります」
 パスタを残さず平らげた後、 居間に掛けられた大きな文字盤の時計を盗み見たボクは、 今ならまだぎりぎり家に帰りつけると、 腰を浮かせた。 だけど、
「どうして……?」
 そう呟いたタケの顔は、 頭の皮をてっぺんから引っぱられたみたいに張り詰めていて、 ボクは後頭部をフライパンでガツンと殴られたような衝撃を受けた。
 それは、 エプロンをフリフリさせたり、 頬をプクッと膨らせるような、 ボクをからかったり、 煙に巻こうとする、 そんな演技がかったものではなく、 それがタケの本心だとわかった。

 ボクは、 また何かを、 間違えたのだ。

 タケはすぐに見慣れた顔に戻ったけど、 上手く笑えないみたいでボクから顔を反らせた。
「か、 帰るなら、 駅まで送りますよ。 フミくん、 方向音痴っぽいですもん」
「ごめん……」
 立ち上がろうとするタケの腕を思わず掴んだ。
「何がですか? フミくん、 敬語忘れてますよ」
 タケの本気で突き放すような声に、 背中がひやりとした。 何かを思い出しそうになって、 あわてて首を振る。
 タケは言ったことをすぐに後悔したみたいで、 唇を噛み締めて苦い顔をした。
「ボクは……ボクが……」
 ここにいたって、 何の力にもなれない。
 そう言ってどうするんだろう。 この期に及んで、 自分の情けなさまでタケに押し付けて、 そんなことないですよ。 なんて言って貰おうと思ってる……。
「……お皿……片付けますね」
 ボクはタケの腕を離して、 空になった二つのパスタ皿を流し台へと運んだ。
 タケが振り向いた気配がした。 だけど何も言わない。 ボクの優柔不断な態度が混乱させているのは間違いなかった。
「タケくん」
 ボクの呼びかけに、 タケがビクッと身体を揺らしたのを感じたけど、 ボクは気づかない振りをして、 泡だらけにした皿を水で流した。
「ボク、 本当は、 お風呂、 夜派なんです」
 水切りカゴにピカピカになった皿を2枚並べてタケの方を見ると、 目を見開いていたタケの顔が、 溶けるように緩んで、 いつもみたいに笑った。
「じゃ、 じゃあすぐ準備しますねっ」
 風呂場の方に去っていくパタパタという足音を聞いて、 ボクはホッと息を吐いた。
「フミくん、 一緒に入りますかぁ~?」
 反響する声に別の息を吐いて、 お風呂も独り派です。 と叫び返した。
「はー…パンツどうしよう」
 泊まる準備など、 してきていないのである。
*  *  *

 結局、 コンビニでパンツと歯ブラシを調達し、 目の前の小さな悩みを解決したボクは、 転倒防止のポールとドアノブをタオルで結んで内側からドアを固定し、 タケに襲撃されるというバカげた悩みをも排除することに成功した。 それから、 僕のことは覗いてもいいですよ。 と言うタケの戯言を完全に無視して、 風呂場に声を響かせ、 わけのわからない歌を歌っている間に、 タケの宿題も片付けてやった。
 これくらいじゃ豆粒ほどのお返しにもならないし、 本人のためにならないと言われるかもしれないけど、 何かせずにはいられなかったのだ。
 キッチンテーブルの上で、 書き込み終わったノートを閉じ、 顔を上げると、 タケがクネクネと変な踊りを踊りながら居間に布団を敷いていた。
 器用なヤツ
 文字盤の大きな時計を見ると、 とっくに日付を越えていた。
「わーい、 フミくん宿題ありがとうございまぁす。 あふっ。 ささ、 こちらへどうぞ。 ふわぁ。 」
 あくびの止まらないタケは、 ボクに布団を勧めるところまでが限界で、 右側の布団に倒れこむと同時に目を閉じた。
「ボク、 寂しがり屋なんで、 いつも、 おばあちゃんと…一緒に……寝てるん…で……」
 掛け布団を、 掛けずに抱き枕のように抱きしめて、 タケはあっという間に眠りに落ちた。
 今日は、 本当にいろんなことが起きたからな。
 ボクも眼鏡をはずして電気を消すと、 左側の布団にもぐり込んだ。

 耳鳴りがしそうなほどの暗闇の中、 タケの静かな寝息と、 時計の音だけが微かに聞こえてくる。
 文字盤の大きな時計、 風呂場や廊下に備え付けられた手すり。 この家に力強さや活気を感じさせるものはあまりない。 目に付くのは、 老いや弱さを連想させるものばかりだ。
 こんなところで独りで過ごすなんて、 寂しいよな。
 そう思いながら、 片肘をついてタケの方を向くと、 寝返りを打ったタケの手が、 答えるみたいにボクの布団に触れた。 そのままキュッと布団の端を握る。
 でも、 だからってボクに、 一体何ができるというのだろう。
 手を伸ばして、 タケの目頭に溜まった涙を拭き取った。
 ボクらはただの高校生で、 コンビニでパンツと歯ブラシを買っただけで財布が空になってしまうような頼りなさだ。 そんなボクに、 一体何が……。

 不況や支持率低下や無差別殺人、 悩むべき問題は多々あるのだけれど、 ボクの手に、 今触れているこの悩みは、 知れば知るほど高尚になっていき、 ボクはますます自分の非力さを嘆くのである。


ボクノコウショウナナヤミ





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最終更新日  2009年01月17日 17時41分12秒
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