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KAY←O -ノックアウト-

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カテゴリ:オリジナル
 その日の夜遅く、俺は圧力鍋を届けにヤツの家に寄った。
「圧・力・鍋! 男らしー!」
 ヤツにはバカウケで、早速熱湯消毒なんかし始めてる。
「折角だし、なんか作ってみっか」
 鼻歌なんか歌いながら、戸棚の中を漁る。
 俺には、ヤツのその浮かれ具合を見てるのがなんだか居た堪れなくて、なんかもう、その辺を叫びながら走りたい気分になった。
「俺、帰るわ」
 俺の顔は真っ青だったんだろうと思う。ヤツはキッチンから顔を出すなり、今すぐ寝ろ! って命令した。そんで有無を言わさずソファに 寝かされて、布団掛けられた。
「お前、その感じだと晩飯食ってないんだろう。ついでだからパパッとスープでも作ってやんよ」
 病人扱いしてるくせに、起き上がろうとしたら蹴られた。しょうがないから大人しく寝たふりをして目を閉じる。

 結局あれから、後輩とホテルに入った。
 後輩があびるシャワーの音を聞きながら、広いベッドに突っ伏して、後輩が選んだピンクピンクしたファンシーな部屋に、どんと置かれた「圧力鍋」の文字をぼんやりと眺めていた。
 そうなることを予想してなかったわけじゃなかった。むしろ家を出るときに、ホテル代も考慮して財布満たしてきたくらいだし。
 本当はそれを望んでたんだ。

 ヤツが義兄との関係を続けてたって知ってから、世界の見え方が変わった。っていうか、世界は自分が思っていたのと違うんだって知ったというか……。
 それまで俺は、ヤツとつきあって、エッチできて満足してて、オンナを抱こうとか、浮気しようとか、そんなこと考えもしなかった。
 だけど気づいちゃったんだ。そういえば、俺はもう、オンナを抱けるんじゃないかって。ヤツとやって、俺にまとわりついていたトラウマは消えてるんじゃないかって。
 そしてそれを確かめたくなっていた。

 ガサガサした指先だと、傷をつけてしまいそうなほど柔らかく、滑りの良い肌に触れながら、くびれた腰から丸みを帯びた丘の辺りを何度も行き来して、オンナの身体なんだと実感した。
 膨らんだ胸を寄せて、手のひら全体で撫でながら、ヤツのより吸い易い大きさの乳首を口に含んだ。
 濡れそぼった茂み、上がる高い声、柔らかな身体。そのどれもが俺を欲情させた。だけど……。


「おい、食えるか?」
 毛布に包まったまま目を開けると、ヤツがトマト缶で作ったスープをテーブルに置いてくれた。これ、俺の最近のお気に入り。
「なあ、お前、右胸と左胸どっち感じる?」
 赤ちゃんみたいに、頭から被った毛布から顔だけ出して聞いたら、ヤツは自分のTシャツの中に自分の両手を突っ込んで触って、今度はクロスさせて逆の手で触って、
「右」
 って普通に答えた。ついでに、
「お前は左だから、右利きのおいらには丁度いい~」
 と、変な拍子つけて歌った。
 そんで歌いながら、近づいてきて、毛布捲くろうとするから、
「別に触れって言う意味じゃない」
 って睨んだら、あらそぅお? ってうちのおかんの真似して笑った。

 あの時、後輩に同じこと聞いたら、
「センパイのイジワル…………わかってよ……」
 って、顔を真っ赤にして言われた。
 中に指入れてかき回してるときも、俺に抱きついたまま、ギューって無言で中締め付けられて、いい感じかも~って思って動き速めたら、
「も、もう、イッた、から……いい、よ……
 って、蚊の鳴くような声で告げられた。だから思わず、
「マジで?! ホントにイケタ?!」
 つって叫んじゃった。
 恥ずかしがってる姿はマジで可愛いと思ったし、相手のキモチイイとこ探るのも嫌いじゃないけど、でも思ったことは言ってくれた方がわかりやすいし、そっちの方が今すぐ楽しめると思うんだけどな。
 そう言ったら、後輩は、わかってくれた方が嬉しいって答えた。セックスするのを楽しむっていうより、俺とこうしてるのがいいんだって言った。
「好きだから」
 キスしてきた唇が離れた瞬間、そう囁かれて、俺はドキッとしたというより、ギクリとして、背中の皮膚が逆立った。

 俺は徐々にわかればいいやなんて思ってなかった。
 今すぐ楽しむことだけ考えてた。
「俺って、快楽主義。なのかなぁ」
 頭の中で考えていたつもりが、声に出ていたらしく、ヤツが爆笑した。
「何、お前、今日おもしろすぎ。会社で何かあったの?」
 ―――忘れてた!
 俺、今日、会社に行くって言ってたんだった。すっかり忘れてて、思わず自分の服を見てしまった。おもいっきり私服だ。
 ヤツは、バレるんじゃないかと今更ドキドキしてきた俺の足の上に、ドカッと座ると、ソファの背もたれに手を滑らせて、俺を上から眺めた。
「何、浮気でもした?」
 確信を持った声に、ガツンって頭全体に音がした気がした。
「してない!」
「あ、そぅお」
 明らかに嘘っぽい「してない」だったのに。ヤツはすんなりどいた。しかも、
「トマトちゃんのチーズ、固まるぞ」
 全然怒ってない感じで、スプーンでとろけるチーズが入ったトマトスープをグルグルかき混ぜると、俺にアーンってやってみせる。
「……し、信じるのか」
 何か、何か、突然スプーンで喉をグサッとかされるんじゃないかと思って、俺は顎を引いた。
「何が」
「浮気……してないって」
 ヤツは目をパチパチさせながら、スプーンからこぼれそうになったスープを、あぶねって自分で飲むと、スプーンに付いたチーズを歯で削るようにして取った。
「やっぱちょっと固まってんじゃん……俺はお前がそういうなら信じるし」
 ついでみたいに言われた。
「じゃあ、お前、俺がさっきUFO見たって言っても信じるのか?」
 自分でも何言ってるか良くわかんなくなってきた。けど、ヤツが
「信じるよ」
 なんて言うから、からかわれてるのか真剣なのか、益々混沌としてくる。
「実は、本物は宇宙人にさらわれて、ここにいる俺は本物じゃないって言ってもか?」
「……それはやっぱり本物を探しに行くべきだろうか、それともここにいるお前が好きだから、本物は帰ってこなくても良いと思って良いんだろうか」
 ヤツがまた、俺の足の上に座って、ゆっくりと上半身近づけてきて、真面目な顔で俺を覗き込んだ。こいつは、完全に真面目な顔で不真面目なことしやがるから、こうされると読めなくて困るんだ。
 俺が見つめ合うことに堪えられなくなって顔を背けたところで、髪の中に手を入れて何か探られた。
「こら、何してる」
「や、ほら、何か埋められてないかな~と思って」
 666とか。なんて言って笑うから、透かさず「俺は悪魔の子か!」って突っ込み入れといた。けど、普通すぎてあんま笑えなかった。
「……お前、あれだろ。俺のことずっと裏切ってたから、信じてやらなきゃ悪いみたいに思ってんだろ」
「思ってると思うか?」
「ぅぐ」
 本当に言葉って喉に詰まるんだな。
 思ってるよ。と、言おうとして、でもやっぱ過去のことなんか忘れて前向いて行こうとか考えてるかもしれないなと思ったら、出すべき言葉に迷って、喉の奥でつぶれた。
「だいたい、何で俺がされた方なのに、お前が怒ってんだよ」
 ヤツが笑って、俺のほっぺをつねった。
「やっふぁひてると思っへんじゃん……」
 両方つねられたらしゃべれないだろ。
 ヤツは笑ってほっぺから手を離したけど、伸ばした俺の足の上に座ったまま、ペタペタ俺の鼻とか目とか触ってきた。いつもだったら、それをするのは俺の方で、横向いたヤツの膝に座って、顔とかペタペタしながらテレビ見るのが好きなんだけど。
「別にどっちでもいいんだよね」
 そう言いながら、ヤツはなぜか俺の髪に着いたワックスを爪で削いで剥がしはじめた。髪痛むからやめて欲しいんだけど。
「そもそもこうやって、僕が、お前に乗っかってもOKだったり、触ったり、キスしたり、もっとキモチイイことしちゃったり、そう言うことができるってこと事態、奇跡みたいなものなわけで、お前が浮気したとかしないとか、そんなの屁みたいなものなわけで」
「誰の真似だよ。髪むしるのはOKじゃないですからっ」
 俺は頭を振ると、ヤツの手を払いのけた。
「……じゃあ後輩とやってきても良かったって言うのか!」
「あら、しなかったの」
 俺はわりと本気で怒鳴ったのに。
 もったいな。と言って、の割りに心なしか嬉しそうに、今度は俺の鼻を摘んだ。
「お前がオンナノコとしたくなったんなら、しても別にいいよ、俺はね……ただ、相手が可哀想じゃなければな」
 その言葉に、俺はコツンとソファの背に側頭部を凭れ掛けた。
「それは……そう思った」

 だから俺は出来なかった。あそこまでやっといて何だけど。
 ベタベタしたいとか気持ちイイことしたいとか、そう言うことじゃなくて、好きだって言われて、こうしてたいって言われて、俺はごめんって言った。
 でも傷つけたくないとか、そういうことで断ったんじゃない。違うって思ったんだ。俺は後輩が欲しがってるものをきっとあげられない。もし、ヤツと別れて、後輩とつきあうってなったとしても、俺はしてあげられないって思った。
 後輩は、少し泣いて、俺が言ったこと、わかってくれたかはわかんないけど、彼女のこと大事にしてあげてくださいって言って帰った。
 彼氏なんだよって、言おうかとも思ったけど、やめといた。


「俺さ、その子と合わなかったんだ。気持ちが。だからしなかった。それだけなんだ。その子が可哀想だからとか、お前に悪いからとか、そう言うこと考えて出来なかったんじゃないんだ……ごめん」
「だからいいって」
 ヤツは俺の頭をガシッと掴むと、俺を後ろに倒して、そのままギューってした。
「お前はちょっと、素直すぎるっつうか、セックスも、相手のこと考えたりあんましなくて、自分がキモチイイことに真っ直ぐっつうか、つまり子ども。そんなんだから、可哀想に、あんま相手にしてくれる子もいないと思うけど、俺はお前のそういうところが割りと気に入ってるし、逆に言うと俺もそうなれるわけだから、お前とするのが一番楽しいと思ってるし、だからしてるってところもある」
 さり気なくケチョンケチョンに言われた気がするけど、でも、俺が思ってることもそんな感じだった。
「なんだよ、大人な対応しやがって」
 筋肉質で全然柔らなくない胸から抜け出すと、押し付けられて赤くなったっぽい自分の鼻を撫でた。
「そりゃ大人ですから。それに」
「それに?」
 反射的に聞き返してから、聞き返すんじゃなかった後悔した。ヤツはニヤッて笑うと毛布を捲くって、俺のTシャツの中に手を入れた。
「浮気したって、やっぱ俺の方が良いなって思わせる自信、あるしな」
「ナルシストめ」
 なんとでもお言い。と、女王様気取りで、ヤツが右手で俺の左の乳首をキュッと摘んだ。負けじと左手で仕返ししながら、こっちも触れ。と、腰をヤツに押し付ける。

 本当はどっかでわかってたんだ。コイツ以外としたって楽しくないし、気持ちよくなれないだろうなってことは。
 実際、復讐してやろうって気持ちが、全くなかったわけじゃないんだと思う。だけど、結局、浮気したってやっぱコイツの方が良いなって、俺が思わされるだけなんだ。
 ヤツはきっと俺より上手くやるから、浮気しても気づけないと思うけど、こっちだって、浮気なんか出来ないくらいメロンメロンにしてやるんだからな! 見ておれ!

 これが俺たちの1096日目。
 4年目突入! だっちゅーの。

1000days





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最終更新日  2009年02月28日 15時28分45秒
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