君が思うほど僕は君のこと好きじゃない・9
暁がシャワーから上がると、圭はパソコンの画面とにらめっこしていた。スピーカーからはヒーリング音楽が流れている。 「シャワーサンキュー」 暁が声をかけると、圭は振り向いて、暁から使い終わったバスタオルを受け取った。 「腹減ったろ、飯どうする?」 暁は、風呂場においてある洗濯機に、バスタオルやら自分のパジャマやらをまとめて置きに行った圭に向かって話しかけたが、返事がなかなか返ってこない。何だ?と思って見に行くと、圭は洗濯機の蓋を開けた状態でフリーズしていた。 「何?どうした?」 「アキラさん、夕べ洗濯機開けた?」 圭は洗濯機をみつめたまま、暁の質問に対して間髪入れずに質問を返してきた。 「ああ、何回か着替えさせたし、体拭いたタオルも入れたぜ。」 洗濯機を掴んでいたケイの腕がワナワナっと震えた。「な、何?俺なにかしくじった?」 暁は横から圭の顔を覗きこんだ。 バシッ 暁は一瞬何が起こったのか理解できなかったが、すぐに殴られたらしいことに気づいた。さすがにムカっときて圭に向き直ると、圭は真っ赤になって目をうるませていた。 「どうして、昨日から、そうやって・・・」 必死で涙を堪えようとしている圭を見て、暁は沸き起こった怒りを忘れてたじろいだ。 「何?どうした?」 暁はさっきと同じ質問を、トーンを落として聞いた。そしてうつむく圭の頭を優しく撫でた。 「どうしてそうやって簡単に僕に近づくんだよ!」 圭は一歩引くと、暁を睨んだ。暁はもう触らないと言う意思を示すために両手を挙げた。 「触られるのがいやだったんなら、悪かった。」 圭は長いため息を吐いて、うつむくと、落とした洗濯物を拾って、洗濯機に入れた。 「嫌ってわけじゃないと思う、けど、よくわからない。触られ慣れてないんだ。今まで、誰も僕に触ろうとしなかったし・・・近づかれると、どうしていいかわからなくなる。」 そこまで話すと、またため息を吐いた。 「触られなれてないって・・・そりゃ、わざわざ触ったりはしないと思うけど、普通に生活してたら、家族とかと接触することくらいあるよな。そういうレベルでの話?」 暁は圭から少し離れると、シンクに寄りかかって腕を組んだ。話を聞こうとする体制なのだろう。圭は洗濯機の方を向いたまま、うなずいた。 「僕、交通孤児なんだ。小学生のときに両親が死んで、親戚んちに引き取られた。援助金もあったから、普通に暮らせてたし、おじさんもおばさんも普通に接してくれてたし、不幸だったり不自由だったりは全然なかったけど、上手くは言えないけど、なんか、距離とっちゃうっていうか、近づき方わかんないっていうか・・・。」 圭は、性格も悪いしな。と言って自嘲気味に笑った。 「お前から近づきたいなって思ったことないの?」 「え?」 同時に洗濯機が回り始めたので、暁の問いかけが聞こえず、圭は振り向いた。 「近づき方がわかんないとしても、近づきたいなとは思ってるんだろ?」 暁は少しだけ前かがみになって、聞こえるように言った。圭は暁が前に出た分だけ、ちょっと下がると、首をかしげて斜め上を向いて考えた。 「どうだろ、昔はそう思って悲しくて、泣いてたこともあったけど・・・なんか、そういう感情も忘れちゃったな。」 少し寂しげにそういうと、フッと笑った。暁はそれを見ると堪らなくなって、腕を伸ばして圭をギュッと抱いた。 「な、ななな、何?」 圭は暁の腕の中で身を硬くした。 「嫌か?こうされんの。」 暁はかまわずさらに力を込めて抱きしめた。圭は頬に当たる胸元や、髪に埋められた手のひらから伝わる体温を、目を閉じてじっと感じた。 「嫌じゃ、ない・・・と思う。」 圭はそう答えると、そっと、ちょっとだけ暁の背中に手を回した。 *** その日を境に、圭は暁にちょっとずつ心を開くようになって、学校でも笑顔を見ることが多くなった。お互いにバイトが無い日は暁が圭の家に行って、料理の腕を振るうこともあったし、酒を飲みながら、一晩中語り明かすこともあった。君が思うほど僕は君のこと好きじゃない・10