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カテゴリ:独立開業・カフェ・雑貨屋
3連休の売上はまぁまぁであった。
初日の土曜日は風が強く平日並みの売上しかなく 最悪であったのだが、 日、月と久しぶりに好調で、結果としては満足できた。 土曜日の売上の低さに、やる気も低迷していたのだが 日曜日に追加でケーキを焼き残業になったので ケーキが冷めるまでの時間に近所のカフェへ出向いた。 「ネコ屋敷(仮名)」 駅の反対側にあるカフェで、ガラクタ屋の2階での営業。 ガラクタ屋の横の階段を上がり、入り組んだ通路をウロウロ。 洋服屋の奥に扉があった。 夜10時半の訪問で先客は2人。 薄暗い照明。 アンティーク路線。 小さな椅子に座る。 店内はとても暗い。 ムーディーであるのかもしれないが 手元も暗いので、本を読むレベルではない。 ココは旦那が給仕する。 カフェ本によると、プレス式で「極上の珈琲」とのこと。 で、「ストロング」ブレンドを注文。 しばらくしてからボダムのプレス機に入った珈琲をサーヴされる。 味。 コレが「極上」? 苦味はあるが、コクというか深みが無い。 こういう味を追求しているのだろうか? いわゆる「美味しい珈琲」ではない。 一口飲んで、「あ~美味しい」という言葉は漏れない。 ここのオーナーは軽井沢で有名な某喫茶店で働いていたそうだ。 で、東京の〇〇〇で夫婦で開業。 プレス式だと油分も抽出されるので 珈琲本来の旨味が抽出されるから、極上の珈琲だという。 それは「理論上」でしょ。 確かに良い豆と淹れ方さえ適合すれば、極上になるだろう。 だが、本に書いてある通りに抽出したところで それは無理というモノではないだろうか。 自分の舌で試行錯誤しなければ、極上にならないだろう。 それは豆も違うし、湯も違うということ。 豆の挽き方だけでも味が左右されるのに プレスだから美味いなんてのは幻想だ。 どこかのブックカフェの旦那もネルで淹れているそうだが ネルで淹れれば美味しい訳では無いことを認識することが重要だろう。 毎回毎回お客さんに出している味を確認しないと いつの間にか「美味しく無い珈琲」を出しているかもしれない。 豆の季節の変化や焼き方の変化は抽出してみないと解からない。 有名な豆屋だからと信用していると痛い目にあう。 そして、昨日は渋谷の「〇富」という老舗。 2重扉を開けて入ると、長いカウンターがある。 その後ろに大テーブルと小テーブルの客席。 マスターはワイシャツにネクタイ。 古めかしい内装は以前新宿で入った自家焙煎を謳う珈琲屋の様。 調度品はマダムがお好きなカップといった感じ。 ブレンドは1杯800円。 カリタかメリタのペーパードリップ。 オイラのブレンドは先客との2杯どり。 ネルは期待していなかったが、普通の喫茶店であった。 味?味はね~、〇〇〇ナルドの180円の珈琲と一緒。 うわべだけの味という感じ。 これはマクド〇〇〇のレベルが低いのではなくて 最近の〇〇〇ナルドはマシン抽出でも 渋谷の老舗なりの味が出せる位味について認識してきたということ。 まぁこういう味を「美味しい珈琲」と認識していては この先行き止まりなんだろうけどね。 渋谷の一等地にあるので、土地代ということだろう。 いずれにしても、美味しく無い珈琲はミルクや砂糖を入れないと マトモに飲めたモノではない。 こういう珈琲をいつも飲んでいると 珈琲にはミルクと砂糖は必要だと思い込むのだろう。 せっかく一度しかない人生で、 珈琲さえも美味しいものに巡り合えないというのは悲しい事だ。 2店巡って気になったトコは他にもある。 それは誰も手を洗わないということ。 お金を触ってから珈琲を淹れる前に手を拭いたり洗ったりしない。 お客さんは気にしないのだろうか? ファーストフードならいざ知らず 1杯500円以上する珈琲を出している店で 手洗いさえもしないとは、同業として許せない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年01月11日 14時58分41秒
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