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テーマ:エッセイ(94)
カテゴリ:過去のエッセイ
「悲しき独白」(47歳)
ボクがここに来てから、ずいぶん経ってしまった。確か、夏の終わりだったと思うけれど、今はもう雪がチラついている。きっとこのまま雪に埋もれてしまって…、それからどうなるんだろう。ボクを可愛がってくれたあの少年は、もうボクを忘れてしまっただろうか。ボクだって、彼の顔をはっきりと思い出せなくなってしまったのだから。 ボクは今年の春、高校進学のお祝いとしてプレゼントされたピカピカの自転車だった。 彼のおばあちゃんが、乏しい年金の中から彼に買ってあげたんだ。彼もとっても喜んで、ボクとの通学を楽しんでいたんだ。 それからしばらくして、彼はボクに乗って写真館に行った。お母さんに頼まれたお使いだった。その時彼は、ほんのちょっとだからと鍵をかけなかったんだ。ボクはあっという間に、通りがかった二人組の少年にまたがれて、少し遠くのゲームセンターまで連れて行かれた。 それからは、ずいぶんいろんな人に使われた。スーパーで買われたボクには防犯登録がされていなかったし、マジックで書かれた少年の名前なんか、すぐに消されてしまった。きっとあの少年は、書いた名前を手掛かりにしてあちこち探し回ってくれたはずだけど。 ゲーセンから駅、駅からカラオケボックス、そこからパチンコ店、そしてスナック。随分色々走らされた。 ある時、一瞬あの少年が見つけてくれて目を輝かせた時があった。けれど彼は、首を傾げてちょっと考えてから通り過ぎてしまった。あの時ほど、声を出せない自分が悔しかったことはない。 今ボクは、町はずれの無人駅の自転車置き場にいる。半年のうちにあちこち乱暴に走らされて、汚れてガタガタになってしまった。ボクはもう誰にも見向きもされなくなってしまった。 ふと周りを見ると、同じように錆びついた自転車が何台もある。たまに持ち主と一緒に走り出す仲間を見ると、本当に羨ましくなる。 もうすぐ冬。雪に埋もれてしまうと思うと、むしょうに寂しい。 これを書いたのは、私自身がこの少年のような不注意で自転車を紛失した経験があったからだ。 私は自動車に乗らないので、仕事をしていた時も自転車で通勤していたし、仕事でも使っていた。 だから、うっかりと鍵をかけずに乗り逃げされて、一度は防犯登録で短期間でみつかったが、 もう一度は半年以上経ってから警察から電話があった。 だがその時は、すでに別の自転車を買っていたし、 何よりも部品を取り外されていて乗れる状態ではなかったようなので、 警察に廃棄処分をお願いした。 仕事で高校生たちと付き合っていた時、彼らの仲間たちの中では、 鍵のかかっていない自転車をシェアサイクルのように使っていると話すのを聞いたことがある。 呆れた私は、「それは泥棒と同じだよ。やめなさい」と注意すると 「だって、オレだって盗られたことがあるし…」などとのたまう。 その罪悪感のなさにガックリしながら私は叱った。 「盗られたからって盗っていいわけないでしょ! 何を言ってるのかわかってるの ![]() その時は少しは反省したような顔をしていたけれど、 今どきの高校生が万引きするっていうのもわかると思ってしまった。 今でも、冬になるとあちこちに乗り捨てられた自転車が雪に埋もれている。 きっと、このエッセイに書いたような運命の自転車ではないか。 そんな自転車を見ると、とも悲しくなってしまう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024年03月09日 14時35分28秒
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