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今現代女性作家熟読期が到来していて(私比)
よしもとばなな角田光代井上荒野姫野カオルコ山田詠美山口恵以子金井美恵子原田マハ を順繰りに読んでいる。 とくにうむ~ってなってるのは原田マハ。 大昔(から)(活字中毒)文学少女であったわたくし 太宰治からはじまり近代の小説はほぼ読みつくし 昭和の時代はむろん、三島ついで谷崎もちろん遠藤周作。 北杜夫のタイトルの秀逸さにうなり(「楡家の人びと」「輝ける碧き空の下で」) 宮尾登美子にも有吉佐和子にもどっぷりはまった・・・・・ ので。ちょっとね 山田詠美とよしもとばなな以外の女流作家、なぞ、などと。 すいませんでした!という気分です。 はいすいませんでした。 原田マハは学生時代小説など全く読まなかった娘に激すすめられ。 不承不承、よんでみたのではあるが。 いや、やさしい作家さんもいるんだなあ、と心にしみました。 おひとへの視線が優しいんですよ。 もちろん、山田詠美やばななさんも優しいな、という読後感はあるのだが。 原田マハは全人類にやさしい。 (ちなみにたぶん大宮エリーもそんなかんじ) で、おもいだしたこと。 息子が就活してた時(一度目の会社を辞めた後) 履歴書をながめながら 「きみはじぶんがあるの?」と問うたという面接担当の方。 おそらく、専門卒、ではあるものの 一度目の会社はそれとは全く縁のない、学んだことがいかせない業種で。 で、今履歴書を提出して入社を希望しているまさに就職面接を おこなっている当の会社も、学んだことはおろか新卒で入社した会社とも全く違う 業務内容である、ということにその面接担当の方は不快に思ったんだろう(と思われる) うん。うんうんうん。 そうだよね、まあそういう見方もアルワナ。 で、そういわれた息子は案の定わかりやすく落ち込んで 厭世的でネガなので 「俺には自分がないなあ・・・」などとますますどんどん落ちていったわけなのだが。 (きつかったなあ、あの時期。わたしも。) (モラトリアム(平たく言うと不登校)のころのほうがだんぜん楽だったなあ) (今思えば。当時はむろん絶望と不安といらだちとやるせなさにめげてましたけどね) 10代のころは周りの目も優しい、いやなんだかんだいって優しかった(と思える人も登場した) だけど20過ぎてさあ社会で給与所得者になろうとするやいなや。 世間は自分の物差しで測る人で満ち満ちている。 ですが今の会社で面接した時に 担当して面接官の人は 「相当自信をなくしてますね、きみは」 「うちの会社できちんと自信をもてるようになってくださいね」 と、おっしゃってくださったそうです。 (ちなみに業種は息子の専門で学んだことでもないし 最初の会社とは全く違う業種であります) で、原田マハ、なのです。 自分を低く見てお相手を仰ぎ見るのではなく。 あなたはそうなのね、わたしはこうなのよ、と 一見境界線を引いて尊重してる風を装うでもなく。 むろん自分の物差しでお相手を測るのでもなく。 なんというかなあ。 しいていえばお人に対する好奇心?興味?面白がる姿勢? それが優しさ全方向なのかもなあ、と思ったのでした。 厭世的でネガな息子が 「そういってもらえたんだよ」とほのかにうれしそうに言ったときの顔、を 私はいつでも思い出せる。 そしてああああああ!ってなったときに その時の息子の顔を思い出し 僭越ながら私もその面接官の方のようにおひとと接していきたいなあと思ったことを 原田マハで思い出した・(笑) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2024.05.30 13:46:31
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