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・・旅のあとさき・・

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2024.08.18
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カテゴリ:歴史
今年初めて知ったこと 
NHK 日本海軍400時間の証言 ”やましき沈黙” を見た
覚えとして書いておく
戦後日本海軍のOB会 というか 反省会が何度も開かれ 特に特攻隊に対する議論 責任の所在についての議論があったそうだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フィリピン マバラカットから 日本海軍の 特攻隊(神風特別攻撃隊)が 初めて出発したのだって
(アメリカ軍に迫られて フィリピンを含む絶対国防圏は死守せねばならなかった)
19年10月
これ以後 陸海軍合わせて5000人以上が犠牲になったという
フィリピンのその空港があった地には 神風特攻隊の慰霊碑がある
そこには 隊員が愛国の気持ちで自ら志願したという volunteer (ボランティア)の文字がある
なんだか志願ということばかり表にして 命令した側の話があまりなかった
誰が なぜ なんのために 作戦を行ったのかそれを明らかにしなくてはならない と 記者は言葉にしていた


海軍のすべての作戦構想が練られていた”軍令部”
大本営(陸海軍合同の戦争指導機関)の中核であった
特攻に関する指令はどうであったのかの資料は ほとんど残されていない
というより
A級戦犯裁判の想定問答集が残っていて 国民総意の玉砕の意思だった と答えることとされている

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

戦後 海軍の元将校たちが 何年かにわたり ”海軍反省会”として 400時間を超える録音をしていたことがあったと そのテープをいつNHKは手に入れたのか・・・ 
毎年のように 夏は戦争 特に太平洋戦争についての番組を見てきたけれど 聞いたことが無い話だった。

その中で 昭和56年2月原宿で 水交会(海軍OB会)が開かれた
その中の発言で 
作戦を現場で担当した 鳥巣元中佐
「中澤さん(軍令部一部長)が 中央(軍令部)で特攻を指令したことはないと言われたんです。
 わたしは 冗談じゃないよと
 これは中澤さんはですね 誠にその点けしからんと わたしは思うんです。」
と口火を切った

それに対し 軍令部だった三代元大佐が
「僕の知ってる範囲においては 特攻隊の生みの親の大西さん(大西中将)が
 赴任する前に軍令部に来たわけです。
 軍令部の方では総長と次長と部長と これがおられたわけです。
 (大西中将が)「もう日本海軍の航空兵力の連中の実力が到底 敵を攻撃するなんてできないから
 こりゃ体当たりでもやるほか手がないでしょ」と そうしたらみんな黙っちゃったと・・」
大西中将が発案し 軍令部は認めただけだ ということだった
すると 鳥巣元中佐は  
「いや (大西さんが言ったのは)あくまで飛行機だけの話であって 神風特攻よりずっと前に回天(水中魚雷特攻)を採用しているわけです 中央で。
 実際の計画は中澤さんがおられるときにやっているわけですから 
 それをおれは中央で指令した覚えはないなんて言うこと自体おかしいんですよ。」

天皇が一番上でその統帥権を補佐する軍令部が 作戦立案していた
海軍省は 天皇ー政府の下で予算・人事を行っていた

軍令部が作戦を伝えるのが 連合艦隊 その指揮下の第六艦隊で鳥巣元中佐が現場で回天を指揮していた
(回天は瀬戸内海の大津島にあった。)
鳥巣元中佐の話は続く
「特攻に殉じた若者たち(実は10代後半がほとんど)の行為はいかなる賛美も惜しむものではない
 だからと言って特攻作戦を賛美することはできない
 そこには深刻な反省と懺悔がなければならない。

そこに その頃軍令部にいた土肥元中佐が 発言する
「今のお話の大西さんとの話じゃなくて そのはるか前に 回天も桜花もマル4艇も みんなね
 海軍省で建造始めているんですよ
 そうするとね 特攻をね 一部長ともあろう者が知らないのは おかしいと言うんでしょ 鳥巣さん」

鳥巣 「そうなんですよ」

実はそれを裏付ける資料は残っていて 体当たりを進言したのは 兵器担当の軍令部第二部長だった黒島元少将だったようだ
黒島元少将は 連合艦隊の山本五十六司令長官と真珠湾攻撃を参謀として成功し 発言力が強かった

第20回の 昭和56年8月の反省会では
鳥巣氏が
「震海(潜水艇に機雷を取り付けた試作機)が呉の工場で審査があったときに 黒田元少尉に会ったときに 
 わたしは この兵器は使い物にならん 六艦隊としてお断りします とやったわけでありますが
 黒島さん烈火のごとく怒ってですね この非常時に何をぬかすかと 国賊がっていうわけで・・」

真珠湾攻撃以来発言力の強い黒島元少将のことを 寺島元大佐が
「一番悪いっていうか 思い上がりですね
 山本元帥あたりは神格化されておったわけですよ
 山本元帥と黒島参謀 それらのいうことは絶対であるというような
 意見も恐る恐るやるっていうふうな・・・」


●特攻兵器
回天(潜水魚雷型特攻):命中率は2%だったという
桜花(航空特攻):小型飛行機の先端に爆弾を取り付けた
マル四艇(マルレ・水上ボート型特攻 震洋) のことだ
使えなかった 震海や特四式内火艇
成果があがるどころか亡くなる兵士ばかり増えた 伏龍(潜水服で海底から爆薬を持って待ち伏せする)


次々に開発された特攻兵器について 直接兵士を回天に載せ送り出した鳥巣元中佐は
「これらの思いつき兵器がいかに大きな無駄を強い 戦争遂行の足を引っ張ったか 想像に余るものがあります」
この時期になぜ鳥巣元中佐が 何度も訴えていたのか
慰霊祭で 関係者 は 鳥巣元中佐が生き残った隊員から責められるところを見たと言う。
「軍令部の参謀なんかくそくらえと私は言うんですが とにかくひどいことをやりながら
 自分は戦後関係ないと 実際におった隊長とか参謀は非常に苦しみながらとにかく
 戦争終わって 戦後もそれを死ぬまで担いだと思います」と 言っていた。

昭和58年6月 の反省会では 鳥巣元中佐が 一通の電報があるして読み上げた
軍令部 源田元大佐が発信したものだ
「『神風隊攻撃の発表は 全軍の士気昂揚ならびに国民戦意の振作に至大の影響を関係あるところ
 各隊攻撃 実施の都度 純忠至誠に報い・・』 
(実際出撃のたびに報道があり 日本のために頑張っている特攻隊への熱は高まった)
なので 大本営は知らなかったというのは きわめておかしいのであります。」



軍令部は終戦直後から 戦争裁判への対策を練って 想定問答集を作っていた
A級裁判参考資料
質問:特攻隊は上級指揮官の強制で人道に違反するのではないか
回答案:特攻は切羽詰まった戦況の中実施した。軍人は上下こぞって総員玉砕を期していたもので
    青年下級者のみ必死の戦法を強いたのではない

軍令部が組織としての責任を認めた資料を見つけることができなかった

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ヨーロッパに赴任していた 元軍令部の扇元大佐が 反省会で
「海軍は自分の意思 判断を持っていながら それはこちらに置いて そうして流れて
 海軍のこれは体質だと思うんです」と
そして自宅に反省会から帰ると 家族に何度か言っていたことがある
やましき沈黙だったんだよ 海軍は・・
 これはいかんと思った時にも 言えていないんだ」

ただ OB会で昭和の後半まで 海軍が海軍の幹部たちが 反省会と称する会を開き
言葉にまだできない方々も ずっと解決できないままの自責の念の持っていきよう 
全容の理解をしたかったのは本当だろう
それも 中澤元軍令部一部長や上層部が亡くなった時期になって 逆にこの時期に噴き出したのかもしれない


やましき沈黙

これを聞いているうちに
少し前の 自民党のパーティー券キックバック 裏金問題は
誰が どういう使用目的で どんなふうにやれと指示をしたのか 決定されたのか
という責任問題で
大御所の故安倍氏と故細田氏が知ってるのかも・・・的な
結局 
「誰が決定したか」ということは誰にもわからない という
摩訶不思議な結論で終わって
ただ
世間をお騒がせし 自民党への信頼を裏切ったことへの 責任として何人かの見せしめの辞任と
今回の岸田総裁の任期で終了の発表で 幕引きにするつもりだ

日本はいつまでそんななんだろう

まるで 海軍の指揮系統のようだ
おかしいと思ったなら その時にきちんと告発ができないと 組織の意味はないと思う

それは 警察や検察の内部告発に対しての対処にも通ずるだろう
それが許されないとしたら かえってこれから告発は減ってしまい 逆に組織は腐敗するだけだ





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最終更新日  2024.08.31 00:20:47



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