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第一次世界大戦-----Wikipedia
1914〜1918年に戦われた第一次世界大戦において日本の参戦は限定的であり、 直接の被害を免れた。一方で当時世界の生産の中心であったヨーロッパが戦 場となり生産や輸出が落ち込み、戦域外の各国が世界の需要を担うこととな った。同時に戦争に供する物資・兵器の需要が高まり、日本からは船舶の供 給、海運業務を中心とする物資・サービスが提供された。この影響でいわゆ る「船成金」が生まれるなど日本経済は好況を呈した。このとき、明治以来 債務国であったものが債権国に転じ、正貨が大いに蓄積された。 関東大震災から日本経済が狂いだす。 関東大震災後の昭和金融恐慌 (しようわきんゆうきょうこう)は、日本で1927年(昭和2年)3月から発生 した経済恐慌である。 そして、1931年についに満州事変がおこります。 満州事変 http://www12.plala.or.jp/rekisi/mannsyuu.html 満州事変(まんしゅうじへん)とは、1931年9月に関東軍(日本の満州駐屯軍) が南満州鉄道を爆破し、それを中国軍の仕業であるとして満州の大半を占領 してしまった出来事です。 当時の日本は、第一次世界大戦にてアジア唯一の勝利国となり日本には好 景気が訪れました。しか~し!そんな時代も長くは続かず1923年に関東大震 災、1927年には金融恐慌、1930年には昭和恐慌と続いていきます。 ●そんな中で日本の軍部の中には現状を打破しようと★大陸進出を訴える者 も出てくるようになります。 そして、1931年についに満州事変がおこります。関東軍は中華民国奉天郊 外の柳条湖(りゅうじょうこ)にて南満州鉄道を爆破!これを中国軍の仕業 であるとして軍事行動を開始。 実は、この軍事行動には天皇や政府は反対していました。戦線不拡大、 これ以上戦線を広げるな!という指示を出していたのですが、軍はこれを無 視し満州の大半を占領してしまいます。??? ---------------------------------------------------------------------- 「★大陸進出を訴える者」とは誰だったのかが大問題だが明確な記述はない。 天皇陛下が反対していたのに、軍が無視するわけがないウソだ。天皇の意向の連 絡を怠ったか遅れたか、どちらにしても政府に責任がある。 このように、1927年には金融恐慌、1930年には昭和恐慌など、情報報道機関 が乏しい当時は、政界・財界と直結していた軍の上層部にしか把握できない。 ●のような強硬派が表れることは当然の成り行き。政界及び財閥にしても戦 況はよく分からない。紆余曲折はあっただろうが、金融恐慌昭和恐慌などで 混乱していた政界及び財閥と軍の上層部の談合(不公正な話合い)で戦争に突 入したことは明らか。 太平洋戦争は、軍部だけが強行した戦争ではない。 この満州事変が後に日中戦争、更には太平洋戦争へともつれ込んでいくこと になります。 ----------------------------------------------------- 関東軍(日本の満州駐屯軍)が南満州鉄道を爆破し、 それを中国軍の仕業であるとして満州の大半を占領してしまった満州事変。 こんな汚い恥ずかしいこと をして、侵略ではなかったと言う政治屋さん、恥の上塗りはやめてください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.07.12 08:10:47
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