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カテゴリ:観劇
私が扉座の芝居を見たのは・・・、もとい、扉座の前身である善人会議の舞台を見たのは30年以上も前、雑誌テアトロ掲載の戯曲を読んだ後だった。映画俳優を目指して上京して養成所に通っていた。小劇場「第三世代」の頃だ。「夢の遊眠社」は見ること叶わず、「第三舞台」は主役がいなくなったあとに初見したし、なんとか「善人会議」には間に合った。というべきかどうか、すでに売れてしまっていた。私は杉山良一が好きだったかもしれない。大柄の岡森諦、六角精児でなく。
「曲がり角の悲劇」を卒業公演にて上演することは叶わず(人数的に困難)、「夜曲-放火魔ツトムの優しい夜」となった。その後、中原三千代と面識あるようになり、頻繁に観劇することになる。「新羅生門」は傑作で鬼役の茅野イサム(佐藤浩一から改名)が秀逸だった。ヨーロッパ遠征までするダンサーだったことを知り、3メートルくらいの高さの門から飛び降りて無傷だったことに納得した思いがある。私はこの茅野イサムが無性に好きだった(笑)。幾人もの主演女優が生まれては消えていったけれど、伴美奈子の登場は衝撃だった。将来、劇団を背負う大女優になると思えた。「フォーティブラス」では高橋一生を見ている。そういえば、山中崇史も劇団を背負う俳優になると思ったが、いつの間にか、舞台には出なくなっていた。長きにわたる劇団ゆえ、人気者が生まれては消え、劇団内での不協和音も聞こえたり、新陳代謝を繰り返していく中で今の規模に落ち着いたように思える。 思えば、横内が岸田戯曲賞を受賞し、劇団扉座と改名した時がピークだったのかもしれない。横内は外部の仕事が多くあるけれど、外部作品はなにひとつ見てはいない。否、スーパー歌舞伎は見たかもしれない。その後、「アゲイン-怪人二十一面相の優しい夜」を見て、近藤正臣の人気度に驚かされた。鈴木利典の抜擢があった。その後の再演、再々演と「アゲイン・・・」は何度も見ている。そういえば、この作品だと思うが紀伊國屋サザンシアターで観劇した時に同じく観劇に来てロビーでタバコを吸っていた有馬自由に握手してもらった。一緒にいた他の役者にも見向きもしなかった(笑)。あとにもさきにも、私が握手をしてもらった役者は有馬自由だけだ。 突然だが、記憶に残る舞台はマキノノゾミ演出の「曲がり角の悲劇」と横内演出の「新羅生門」 だ。横内演出の「曲がり角の悲劇」を見られなかったのが残念だ。後年、他の人の演出の「曲がり角の悲劇」は見たけれど、マキノ演出を凌ぐものではなかった。 横内は優しい人なのだと思う。それは戯曲でも表現されるが、横内演出をみると優しいと感じる。 最近の作品では「歓喜の歌」が良かったな、と思う。 今回「最後の伝令 菊谷栄物語-1937津軽~浅草-」では有馬自由が主役だ。楽しみであり、観劇して感激し、とても良かった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019.11.30 23:21:44
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