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テーマ:読書(8519)
カテゴリ:読書
作者石原慎太郎は校正ゲラを4度済ませているという。 軽い脳梗塞を患ったことで半身に不自由を抱え、スポーツすることもままならず、活動は制限され、忸怩たる思いの中、晩年を生きたようである。 その思いの吐露がこの本の終盤を占めるが、中盤までは石原慎太郎の生涯をたどっていた。 といっても年表というほど順序だっていず、おおよそ幼少期から青年期までの前半と作家・政治家となっての中盤。終盤は都知事として活躍した思い出が綴られている。そして、最終盤は「死」への思い、考えを連ねている。 この本を読んでいくつか衝撃の事実を知ることとなる。 といってもすでに周知の事実であり、同時代を生きた先達の人たちは既知のことばかりなのかもしれない。それにしても赤裸々に語られる女性問題。なかでも外に作った子供の認知問題について、その母親について語られていることは衝撃であった。このようにその女性に対する嫌悪の念を表していいのかと思われた。しかるにこの本は作者存命中に、また死期を感じない80歳を過ぎた頃にやがて訪れる死への準備として書き始めたものである。それだけに驚いたのであるが、発表・出版は作者の死後ということになっていたようで、この世に存在しなくなるわが身(作者本人)を思えば、思うことを存分に記しておきたかったのだと思う。とはいえ後に残る妻や子、家族のことをまったく考えなかったわけではないであろうに、ことこの問題についてはすでに白日の下にさらされていた件なのであろう。それというのもそのあとイニシャルで表記される女性がふたりほど登場する。作者の身近な人ならば、そのイニシャルで誰だかわかるかもしれないが、実名など記すには公のことになっていず、また人知れず交際のあった女性なのであろう。また、この本を読むであろう家族に対する配慮もあったかもしれない。 石原慎太郎の著書を読んだことはない。 国会議員としての彼は徒党を組んだことはないようで派閥に属さなかったがゆえに活躍する場もなく、無聊をかこつような印象を記している。もちろん大臣になった時には少しは動いたのだろうが、それとて大した意味は持たなかったようだ。それにひきかえ都知事としてトップに君臨した時には数々の英断をくだし、行動し、なかでもトラックのディーゼル規制に関しては自賛する以上に都民への功績が大きかったと思われる。豪胆で英断できる人はトップに立たなければならないのかもしれない。 政治や女性関係でなく一番驚いたのは津川雅彦をデビューさせたことである。芸名の名付け親も石原慎太郎とのこと。実兄・長門裕之や先祖の牧野の姓を名乗らず、違った芸名だったことの発端を初めて知った。当時のことも津川雅彦の不遇も活躍も知らなかった私は映画に関する本などで兄・長門裕之よりも人気が出て、兄を思うがゆえ映画出演を控えたなどと読み、津川雅彦の男前ぶりと演技のうまさ・妙味に兄に遠慮せず大活躍すればよかったのにと思ったものだ。とはいえ、兄が売れて人気が出てからはそのような遠慮もなくなったようだが。名画座でとある高倉健主演の映画に奇妙で光る演技をしていた若かりし津川雅彦の躍動を見た時に、彼はただ物ではない、大物スターになる片鱗を感じた。その津川雅彦は晩年、重鎮を演じる役柄がつづき、それだけではどうなのだろう(もったいないなぁ)と疑問をいだいていたら病に倒れ、早々にこの世を去ってしまった。残念である。 この本の終盤に書かれているように石原慎太郎は生死の際に何度か立たされている。そのどれもうまくかわし生き延びた彼は運がよくて強くて、また世に出る勢いをもっていたのだろう。芥川賞について書いてあるところがあるが、昔はそれほど注目されなかったとある。否、文壇ではものすごく注目されていたのだと思う。それゆえ、太宰治が受賞を熱望・懇願したという逸話が残っているではないか。ただ、石原慎太郎が言うには一般の人にそれほど注目されていなかったと言いたいのだろう。今は芥川賞や直木賞だけでなく本屋大賞や「このミステリーがすごい!」大賞など一般の人が注目するイベントが多く、その最高峰として芥川賞・直木賞が君臨するがごとく扱われていることを指しているのかもしれない。 作家と政治家の二足の草鞋を履いて生き抜いた石原慎太郎。 その足跡、彼の思い、死への考えを読む本であった。
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最終更新日
2022.10.27 19:04:07
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