カテゴリ:クラシック音楽
前回のエッセイ、ブラームスはベートーベンを崇拝していたとの事ですが、この方は違ったようです。
シューベルト◇アルペジョーネとピアノのためのソナタ イ短調 D.821 フランツ・ペーター・シューベルト(Franz Peter Schubert, 1797-1828)は、オーストリアの作曲家。各分野に名曲を残していますが、とりわけドイツ歌曲において功績が大きく、「歌曲の王」と呼ばれています。 1822年ににウェーバー、そしてベートーヴェンと知りあいましたが、両者ともにほとんど親しい関係になりませんでした。実はシューベルトは幼い頃からハイドン、モーツアルトの弦楽四重奏を家族で演奏し親しみがある事からも、愛した作曲家はモーツァルト、ハイドンだったようです。1816年6月14日、モーツァルトの音楽を聴いた日の日記でシューベルトはモーツァルトをこれ以上無いほど賞賛しています。またザルツブルグへの旅行時、聖ペーター教会のミヒャエル・ハイドンの記念碑を訪れ、感動と共に涙を流したという日記も残されているとの事。 シューベルトは一般的にロマン派の枠に入れられていますが、その音楽、人生はウィーン古典派の強い影響下にあり、記譜法、基本的な作曲法も古典派に属しています。また、「貴族社会の作曲家」から「市民社会の作曲家」へという点ではロマン派的でありますが、音楽史的には古典派とロマン派の「橋渡し的位置」にあります。 今日の一枚:シューベルトの初恋の人・・1814年(17歳)、ミサ曲第1番を書き上げリヒテンタールの協会で演奏されました。そのときソプラノのソロを歌ったのが彼女です。3歳年下でした。最終的に結婚にまで至らなく1820年、テレーゼはパン職人と結婚しました オットー・ノヴァーク◇シューベルトと婚約者テレーゼ アルペジョーネとピアノのためのソナタ イ短調 D.821は11月にウィーンで作曲したアレグロ・モデラート、アダージョ、アレグレットの3楽章からなる室内楽曲です。このソナタは、アルペジョーネという楽器のための作品として書かれましたが、その楽器はあまり発達せず、現在はそれに代わるチェロで演奏されています。 この「アルペジョーネ・ソナタ」は、「弦楽四重奏<死と乙女>」と同時期の作品であり、当時シューベルトは梅毒の進亢に苛まれ、度々の抑鬱症の発作に見舞われてもいました。おそらくそのためか、楽曲は全般的に暗澹たる表情に支配されている、と書かれていますが定説では最後は腸チフス、水銀中毒で亡くなったという事です。 1楽章の出だしはとても有名ですね。何とも言えないピアノの物悲しいフレーズから始まるこの曲ですがどこかいつも軽快さも備わっていてシューベルトらしい切り替えを感じます。2楽章はまさに歌曲のような長いフレーです。
kumikopiano インフォメーションコーナー ◇ セカンドアルバム「La Plus Que Lente 」~レントより遅く~
エルガー:愛の挨拶・メンデルスゾーン:春の歌・シューべルト:即興曲作品90-3・モーツアルト:幻想曲二短調・ベートベン:月光1楽章・バッハ:主よ、人の望みの喜びを/フランス組曲6番・シューマン:夕べに/飛翔・ショパン:夜想曲「遺作」・ドビュッシー:月の光/レントより遅く・ラベル:高雅で感傷的なワルツ7番・フォーレ:夜想曲2番・他 収録全15曲65分 ¥1500 好評発売中 問い合わせ k-honma@violet.plala.or.jp youtubeでも一部お聴きになれます http://www.youtube.com/user/kumikopianon?feature=mhum#g/u
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Last updated
October 17, 2010 04:59:35 AM
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