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カテゴリ:くろがこの世に想う事
先日の日米対決では、
あえなく「真剣白刃取り」に失敗して惨敗したくろですが、 その昔、「無刀取り」という神業の達人がいました。 柳生新陰流の創始者、柳生石舟斎宗厳です。 その技に惹かれた徳川家より指南役を乞われた達人です。 新陰流の極意は、この間新陰流を体験した友人によると、 「切らず(相手を)、取らず(命を)、勝たず、負けざる」 だそうです。 本来、人を斬る術でありながら、 この極意の深さに心を打たれます。 実は、もともと、 柳生石舟斎宗厳は、 くろが最も尊敬する偉人の一人です。 そのきっかけは、 柳生宗厳が自分につけた名前 「石舟斎」の由来を知ったことでした。 以前(中学生の頃?)読んだ本に 書いてあったのですが、 今でもそらんじています。 石舟斎の句です。 「 兵法は 沈みていてこそ 尊けれ 千代の流れに 朽ちぬ石舟 」 (確かに記憶しているのですが、 ネットでたたいても出てこない・・・ 何の本で読んだのかも忘れてしまいました。 吉川栄治の本だったかなぁ・・・) 剣術で身を立てることが立身出世への道であり、 社会も安定していない時代に生まれた剣術であるにもかかわらず、 兵法を「沈みていてこそ尊い」と言い切ること、 しかしその極意は「千代の流れにも朽ちない」と言っていること、 当時の時代背景を鑑みるに 恐るべき先見の明だと思います。 剣術が強かった、ということではなく、 その思想の深さに打たれました。 また、逆に、 それだけの思想に支えられた剣術は どれだけ強かったのだろうか、 とも思います。 さて、 当時は「兵法」が「力」だったのに対し、 現代は「金」が「力」である時代と 言えるのではないでしょうか。 兵法の極意が「千代の流れにも朽ちない」もの それだけ根源的であり、価値のあるものであるのに対し、 金儲けの極意はどうなのでしょうか。 とてもそうは思えません。 くろはいまやどんどんバーチャルな存在となっている お金というシステム自体 崩壊してしまえばいい と、思っているので。 今の、この時代。 「千代の流れに朽ちぬ石舟」となる 新しい価値観とは、 一体何なのか。 天国の石舟斎に 是非教えを乞うてみたいものです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2006年06月18日 03時00分11秒
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