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カテゴリ:自然と共に くろの歳時記
突如 水面から黒い切っ先が突出し 鮮やかな切れ味を見せつけ 海を裂いていく。 長さ2メートルにもなる鋭い刃。 オスのシャチの巨大な背ビレだ。 次の瞬間、頭頂部に空いた鼻腔から 高らかに上がる白い噴気。 シャチの呼気から感じる生臭い匂いは 彼が飲み込んだ大量の魚のものか それとも 最近仕留めたイルカのものなのだろうか… 私は憧れの生きもの、シャチと出会う為 北海道を旅した。 朝6時に港を出港して2時間半。 10頭を超える群れに出逢った。 数頭のオス、メス、そして1頭の子供だ。 追跡が始まった。 シャチにストレスを与えないよう、 後ろから距離をとってついていく。 艶やかに黒光りする巨体が 悠然と海の中を滑りまわる。 美しさと気迫を兼ね備えたその姿に 恍惚となる。 まだ幼い子供は 片時も母親から離れず 一緒に泳ぐ。 尻尾や胸ビレで何度も海面を叩くのは 遊んでいるのだろうか。 何とも微笑ましい。 どれだけ見ていても飽きない。 午後 少し日が傾いて来た頃 それは突然始まった。 イシイルカの群れを シャチが追い始めたのだ。 パニックになるイシイルカが 我々のボートを盾にするつもりなのか こちらに向かってくる。 ボートの下を白い腹を見せながら 一瞬で潜り抜けるイシイルカ。 そのスピードに瞠目する。 しかし 縦横無尽に泳ぎ回るイシイルカを横目に シャチは全く慌てた様子もない。 イシイルカに振り切られたかのように見えても なぜかしばらくすると またぴたりと後ろについている。 イシイルカの上げる水飛沫は独特で、 その形が雄鶏の尻尾に似ていることから rooster tailと呼ばれている。 体が小さいせいか、 ストロークは早く、 必死に泳ぐイシイルカの飛沫が 連続で上がっている。 そのすぐ後ろから 長く黒い背びれが忽然と現れ、 噴気をあげるとまた沈んでいく。 一見ゆっくり泳いでいるようにしか見えないが、 どうしてもイシイルカは シャチを振り切ることはできないようだ。 小型のイルカとは言えど イシイルカの体重は100キロをゆうに超える。 シャチはそれを 多い時は数頭も丸呑みにしてしまうと言う。 何度も何度も 全身に鳥肌が立つ。 必死に逃げ惑うイシイルカと対照的に 余裕綽綽なシャチ態度に 背筋が凍る思いだ。 止めを刺す決定的な瞬間は 残念ながら確認できなかった。 しかし王者の狩りを見ることができた私は その幸せに震えが止まらなかった。 翌日。 今度はミンククジラを追いかけているシャチを見つけた。 なぜかその時だけ ミンククジラを大きく取り巻くように 何頭ものシャチが現れた。 全部で15頭程はいただろうか。 突然、黒い巨大な塊が海面から突き出た。 シャチがミンククジラの上に馬乗りになったのだろう。 上から覆い被さって窒息させるのは シャチが大型のクジラを仕留めるときの常套手段だ。 遠くて詳細は分からなかったが、 その後、ミンククジラが浮上することはなかった。 そしてシャチ達は また何事もなかったかのように 悠然と泳ぎ続ける。 海の生態系の頂点に君臨するシャチにとっては たとえ巨大なクジラであっても 一介の獲物、 彼らの腹を満たす肉の塊に過ぎないのだ。 その残忍ささえ 悔しいまでに美しい。 「自由」 憧れや羨望の気持ちを抱きながら使うこの言葉が これほどまでに当てはまる生きものを、 私は他に知らない。 全世界の海を住処とし 海生哺乳類随一のスピードと知能を誇り 普く全ての海の生きもの達を統べし絶対王者。 「自分に由来」と書いて「自由」。 彼らは傲慢な迄に 自分自身のみに由来する。 彼らに足りないものは何もない。 彼らを束縛するもは何もない。 「自由」という概念を見事に具現化したもの。 それがシャチ。 自由であることは美しい。 彼らが限りなく美しいのは 彼らが限りなく自由だからだ。 そんなことを考えながら過ぎていく 至福の時間。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2009年10月05日 08時15分30秒
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