私の「電池」
人間が「生きる」ためには、何かしら「電池」のようなものがあるんだと思う。食べたり、寝たり……っていう「生物」としての電池じゃなくて、心の電池。電池を4つ使って動くおもちゃがあったとして、今手元には電池が3個しかなかったら。当たり前だけど、そのおもちゃは動かない。最近の私はまさしくそのおもちゃと同じようになっていました。電池が1つきれそうだったんです……何度か日記にも書きましたが、私の妹は今心の病気にかかっています。昨年の秋ごろから、病院に通ったりもしていますが、改善しているようには見えません。先月くらいから、学校に行ってもすぐ具合が悪くなってしまって、午前中には高校の担任の先生から「迎えに来て欲しい」と言われることがほとんどでした。両親、私も当然とても悩みました。元気のなくなってしまった妹を見て、辛い気持ちを味わっていました。だけど、当たり前ですが、一番悩んでいるのは、一番辛い思いを抱えているのは妹自身。妹に、「生きたくても生きられない命があるのはわかってる。 だけど、なんで生きたくないのに生きなくちゃいけないの?」泣きながらそう聞かれました。私は妹を抱きしめながら、「あんたはあたしの大事な大事な妹。 世界中どこ探してもあんたの代わりはいないの。 あんたはあたしが生きるための電池みたいなもんなの。 勝手かもしれないけど、あたしが生きるためにあんたが必要なんだよ。 だから生きて。 辛いけど、生きて。 どんなに元気がないあんたでも、すぐぶっ倒れるようなあんたでも、 あたしには誰よりも必要で、誰よりも大事なんだよ」こう言いました。妹は「うん、うん」って頷いてくれましたが、まだとても不安定です。そんな状況で、私自身もいろいろ考えました。正直、100人の生徒と1人の妹、どちらを取るかと言われたら迷いなく私は妹を取ります。だから、妹のことが心配で心配で仕事が手につかなくなったり、生徒の前でいつものように笑えなくなっていたり、イライラしたり……「こんなんじゃダメだ」ってわかっていても、自分の心をどうすることもできない私がいました。今のままで先生を続けていても、私は出会った生徒達にとって「出会えて良かった」先生にはなれない。当たり前ですよね。もう仕事辞めようかな、って本気で考えたんです。そして妹が良くなるまで家に一緒にいようかなって。でも妹にこう言われました。「おねえはね、いい先生だって思うの。 いい先生はね、探してもたくさんいるわけじゃないの。 だから、おねえっていう先生を必要としてる生徒がたくさんいるの。 お願いだから、私のために先生辞めたりしないでね。 ずっとたくさんの生徒達のいい先生でいてあげてね。」そこで、私も気づきました。私が仕事を手につかない状況になっても、生徒の前で笑えなくなっても、イライラしても妹が良くなるはずがない。まして、こんなに応援してくれる妹の気持ちを踏みにじって家にいるようになっても、妹は「自分のせいでおねえは仕事辞めた」ってまた辛い思いを抱えることになるんだってことに。妹は私の強力な「電池」です。それと同じように妹にとっても元気なおねえは「電池」の1つなんですよね。くるみは、妹の「元気なおねえ」そして、生徒達にとって「いい先生」になれるように頑張ります。