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我食べる、故に我あり ~ 中国の故事 (嘘)

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2011年03月24日
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カテゴリ:昔話

新宿区役所前の雑居ビルの中にあるカウンターだけの小さなスナック。
なにがきっかけだったか忘れたが20年ほど前にふと立ち寄り、それから数年の間よく飲みに出かけた。
当時たいていのスナックにはカラオケが当然にあって、苦手な私には居心地の悪い場所だったが、この店にはそんな邪魔なものはなくバーテンたちとの会話が心地よかった。
そして、その店には夜も更けてくると一人の老白人がやってきて、カウンターの隅で飲みながら他の客たちに声を掛けていた。
親しくはならなかったが、何度か話したことがある。

やがて、その店は2号店を3丁目に出店し、親しかった若いバーテンが店長となったため2号店ばかり行くようになったのだが、バブル崩壊後のスナック経営は甘くなく、ホステスもいずカラオケもない2号店は数年で閉店してしまった(カラオケもホステスも無しなのは本店も一緒だったけど、昔からの常連客が支えたのだろう)。
その後、区役所前にも行かなくなり、さらには転職して職場が新宿から銀座に替ったこともあって、すっかりその店のことは忘れていた。

そして、今日の夕方、読売新聞のサイトを斜め読みしていて10数年ぶりに店の名を目にした。

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遠藤周作の小説のモデル、ネラン神父死去

ジョルジュ・ネラン氏 91歳(カトリック司祭)24日、膵臓がんで死去。


 告別式は30日午前11時半、東京都文京区関口3の16の15東京カテドラル聖マリア大聖堂。喪主はカトリック東京大司教区大司教、岡田武夫氏。

 フランス生まれ。1952年来日。作家の遠藤周作氏と親交があり、小説「おバカさん」の主人公のモデルになった。東京・新宿でスナック「エポペ」を開き、バーテンダーとしてサラリーマンらに接した。

(2011年3月24日17時20分 読売新聞)

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楽しい時間をありがとう。安らかにお眠りください。

合掌







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最終更新日  2011年03月24日 21時20分17秒
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