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カテゴリ:オンナ心
彼の自宅の和室で、お義母さん、雅夢、私の三人で夕食を取る。三人だけだけど、結構賑やかで楽しいひと時。お義母さんの作って下さったお料理は、どれも真心が込められていて食卓に並んだご馳走は、素朴だけどとても美味しい。根菜類がたくさん入っている御煮しめは滋味で、亡くなった母を想い出した。女性の早世の家系に生まれちゃったのかな、私って。頂きながらふと想う。
「どうした?元気ないな、大丈夫か?」彼が気遣う。少し笑って「大丈夫」と答える。 「本当にどれも美味しいです。私、小学生のとき母親亡くしているんで、こういうお袋の味って作れなくて。お恥ずかしい限りです」 「そう、でしたか。この味はね、お嫁に来た時お姑さんが教えてくれたのよ。実は私、お料理苦手でねぇ、包丁すらまともに握れなかったのよ~!」 「へー!お袋がねえ!だとしたら随分進歩したじゃんっ!!初めて聞いた、そんな話」 「話したことなかったもーん!一応出来るようになったから、言う必要もないでしょ?」 「ま、そうだけどさ。美香もあんまり、料理は得意じゃないんだって。才女だけど、こういう部分があるって可愛くねぇ?その分俺が、美香に美味いもの作ってやるんだ!」 「ちょっと、ばらさないでよ~!女なのに恥ずかしいじゃない!しかもお義母さんに申し訳ないわ!」 「あーら!そんなの気にしないわよ~!雅夢にやらしておけばいいのよ!この子、料理趣味だから。さっビールどうぞ!出来る事は出来る人に任せる。それでいいじゃない!」 「あっ!すみませんっ!!」ちょっと肩を竦めて、手にしたグラスにビールを入れてもらう。瓶ビールは久しぶり。接客もしなくなっちゃったから、縁がなくなってしまった。よくこうやって、注ぎつ注がれつやったなぁ。懐かしいな。ちょっと口に含む。 「そういえば美香さん、お仕事は何をなさってたの?代表者だったって伺って、びっくりしちゃったわ!」 ああっ!!ついに来たっ!!この質問。雅夢にも話していなかった、私の正体。うわっ!!雅夢も興味津々で見つめてるしっ!!はぐらかすことは・・・無理そうよね・・少しの思案の後話し出す。 「あ・・私は、人材派遣会社の、代表取締役をしていました。かっ・・会社名は○○○○○○○○です」 「はあっ!!」きたーっ!!やっぱり二人とも、想ったとおりの反応だしっ!! 「すみませんっ!!すみませんっ!!隠していたわけじゃないんですけど、ちょっと知名度が・・あっ有り?過ぎて言えませんでしたぁ」 「ちょっとっ!!美香っ!!お前それを今頃言うなよなぁ~!マジびびったしっ!!つか、お袋っ!!あー駄目だっ!!固まってるしっ!!」 「ごっごめんっ!!CMも流してる会社だから、さすがにまずいかなって思って」 あちゃー!道理で金持ってるわけだっ!!上場一部の、派遣会社最大手じゃねーかよっ!!つーか、いいのか?俺、こんな人と結婚しちゃったけどっ!!美香は、申し訳なさそうな顔をして項垂れ気味。 「ま、言えないのは当然だよな、元々客とホストの関係なんだもん、俺達は」ようやく口をきけるようになったお袋。溜息の後話し出した。 「はぁーっ!!びっくりしちゃったわ~!大きい会社の社長さんだったのね!うちの子とは雲泥の差だわっ!!そう、店で知り合ったんなら、身分明かす必要ないですもの。ちょっとっ!!雅夢っ!!あんた、しっかり美香さんを支えてあげなさいよっ!!」 「解ってるよっ!!ん?あそこまででかい会社ってことは?美香って、やっぱ高学歴?」 「高学歴かはわからないけど、一応早稲田大学、政治経済学部が最終学歴。大学院行こうか起業しようか迷って、結局起業を選んだの」 「早稲田大学かよっ!!高卒の俺とはえらい違いだな~!」本当だったらつり合うどころか、出逢いもしなかった女なんだな、美香って。これもキセキっていうのかな?一瞬見つめた後、ゆっくりビールを喉に流し込む。 「学歴があるから、その後の人生安泰とも限らないわ。現に今の自分がそうだし。ただ、病気になって見えてきたものは沢山ある。今までの自分は、どちらかというと冷徹で傲慢だったし、あの会社で私にいい印象を抱いた人は、ほとんどいないんじゃないかしら」 「常に第一線にいて、人を押しのけて蹴落としてきた。リストラもしたし、裁判も起されたり起したり。絶対に人に負けたくなかったから。起業者としては成功しても、人生では負け組みなのかもね」 「美香」「・・・」 「あは!白けさせてごめんなさいっ!!忘れて下さいね。それに今の自分、嫌いじゃないですよ!忙しく働いていて気持ちが刺々しかった頃より、雅夢さんと出逢ってたくさんの愛情と優しさ、そして労わりを貰って、とても幸せな毎日なんです」そう、偽りの無い本心だ。彼と出逢って多くを学び、何より強い愛情で護られている安心感に包まれて、精一杯生きている充足感を感じてる。多分生きてきた中で一番幸せな時間なんだ。私の言葉に、二人は心底ほっとした表情を浮かべた。 「すみません、変なこと言ってしまって。もうちょっとビール頂いてもいいですか?お義母さんもどうぞ!」瓶ビールを持ち上げて、義母に促すと柔和な視線で頷く。 「ありがとうね。うちの子はまだまだ未熟で美香さんを支えるだけの器量、親目に見てもあるとは思えないのよ。ただ、貴女を心底好きだという部分はよく解る。投げかける視線や仕草でね」 「なんだかお父さんと過ごした日々、貴方達を見て想い出しちゃったわ~!人を好きになるって、しんどい時もあるけれど、互いが成長する為に絶対必要なんだと想うわ!二人とも頑張りなさい!」 「おう!こいつの為だったら、なんだって出来るぜ!その覚悟が出来たからこそ、一緒になったんだからな。美香、何も心配しなくていいからな」軽く彼女の背中を擦る。 「うん、ありがと」自分の母親の前でも、堂々と私に対する愛情を表現する彼。人前だと、照れたり恥ずかしがったりするのが男性なのにね。あぁ、駄目だ!泣けてきちゃったよ・・・ お義母さんはタオルを差し出してくれ、雅夢は私の肩を抱き寄せる。二人は言葉を発しないけれど、彼らの優しさと無言の励ましは、何よりの勇気を与えてくれる。頑張らなくちゃ、私。こんないい人たちに巡り合えたんだもの。今出来る事を精一杯やらなくちゃね。 「あ、ごめん!起しちゃったか?」引き戸の音に反応し、目を開けた彼女に謝罪。 「ん、ううん・・軽くうとうとしてただけ。お風呂上がったんだね」 「ん。寝ていいよ。疲れただろ?あさっての挙式に備えて、十分身体を休ませないとな。花嫁が一番輝く日なんだから」布団の中の彼女にウインクを送ると薄く笑う。学生時代に過ごした八畳の部屋。そこに二組の布団をひいて、先に風呂に入った美香が身体を横たえていた。ごしごしと濡れた頭を、タオルでこすりながら彼女を見つめる。 少し眠そうな顔。珍しく睡眠薬を飲んだらしい。枕元には薬袋が置いてあった。 「眠れないか?慣れない場所だから?」布団の側に腰を下ろした俺の問いに、笑って首を左右に振る。 「ううん、そうじゃない。ちょっと自分の中で堂々巡りが始まっちゃってね。それを追い出す為に飲んだだけ」 「不安事?話せるならちゃんと俺に言えよ?一人で絶対に抱え込むな。お前の旦那なんだぞ?」その言葉に動揺したように、視線が泳ぐ。何か想いがあると、プロポーズする前から悟っていた。ホストとして女の気持ちを見抜き、手玉に取ってきたんだ。見抜けないわけがない。やがて暫しの無言の後、躊躇いがちに口を開いた。 「ね、雅夢。子ども好き?欲しいって想う?」 「ん?俺?子ども大好きだよ。俺自身子どもだから、ちっちゃい子がいたら一緒に遊べるぜ!」答えにまた黙り込む。子どもが欲しいのだろうか?でも、今の美香じゃ、それが絶望的なことなど本人が一番よく解っている筈。 投薬、放射線治療、抗がん剤で一進一退のがんとの闘病生活。到底不可能なんだ。だから俺も子どもについて、何も言えなかった。彼女を苦しめると十二分に解っていたから。考えていると再び美香が話し出す。その声に耳を傾けた。 「あのね、狩野と離婚したのは、彼との間に子どもを授かれなかったからなの。調べたら私には問題は無かったけど、狩野はSamenが少なかったの。おまけに子どもがあまり好きじゃない人だったのね」 「25歳で結婚したんだけど、彼との気持ちのすれ違いは、生活を続けていても全く埋まらなかった。妊娠させるリスクが少ないものだから、彼は女遊びが激しくてね、それが原因で仕事を失ったり、所属事務所を解雇されたり、ま、いろいろとやってくれたわ、彼ってば」 「しょーがねー男だな、美香の元旦那。お前も苦労したなぁ~!んで?本題は君が子どもを授かるためにどうしたらいいか?なんでしょ?」 「話を理解するのが早くていいね、雅夢。私ね、27歳のときから埼玉県の病院で、自分の卵子を冷凍保存してるの。がんが発覚するまで毎年続けてた。問題は私には産めないって部分。でもどうしても子どもが欲しいの。ね、雅夢どうしたらいい?」 縋り付くような視線。でもその中には何かしらの秘めた想い。背中を押して欲しいんだろう、でもそれには女性の許可が必要になる。「お願いしたいのは真里菜さん、なんだろ?」ゆっくり頷く彼女。代理母かよ・・・参ったな。日本じゃ認められていない部分だ。でも、美香の願い、叶えてやりたいよ。 「美香。俺、いろいろと調べてみる。幸い俺の姉貴アメリカにいるし、もしかしたら向こうでなら、可能かもしれないだろ?大丈夫だ、俺に任せろって!」ずっと考えていたんだろう。打ち明けた後の俺の言葉に安堵の表情。「何も心配いらないぞ。お前は自分の身体のことだけを考えろ」 そこまで言って、髪を撫で彼女にキスをした。 ありがと。もう・・胸が一杯で言葉にならないよ!頼りないどころか、格好いいくらいに男らしいよ!君ってば!布団の上から優しく抱き締めてくれる年下君は、ゆっくりと身体を解放して、私の一番好きな笑顔をくれる。 「今日は抱かないぞ、美香眠そうだから。でも、結婚式終えた後の夜は眠れないぜ~!覚悟しておけよ!おやすみ、奥さん!」 「やーね!でも、ありがと。聞いてくれて。雅夢・・・大好きだよ」 「俺も。ゆっくり休め。愛してるよ、美香」照れくさくても本心だもん、伝えないとな。立ち上がる前にもう一度キスをして、部屋の明かりを消した後、引き戸を閉めてお袋の居る階下に下りて行った。 オンナ心 真里菜へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/09/12 06:19:30 PM
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