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カテゴリ:オンナ心
階下に下りた俺に、リビングにいたお袋は、顔を見るなり開口一番にこう言った。
「雅夢。美香さんみたいなタイプ、私好きよ。あんたの選んだ人だもの、全身全霊を尽くし、彼女を愛してあげて。きっと彼女の望みはそれだけなんだと想うわ!」 「なんだよ、いきなり。そんなのお袋に言われなくても、十分解ってるって」冷蔵庫から、缶ビールを取り出しながら答える俺。お袋は椅子に腰掛けたまま、黙ってその行動を眺めている。 「美香との出逢いが、最初がホストと客の間柄であっても、俺は自分の仕事に誇りを持ってるから、恥じたりしないし、彼女もまた同様だと想う。今までずっと苦しくても何もかも抱え込んで、突っ走ってきたんだろうな。誰にも寄りかからずに」 そういう女だ美香は。もうそんな辛い想いさせたくないよ。頼ってくれるよな?これから先は。お袋の言うとおり、年下だし頼りない部分も多々ある。だけど俺の中の男の部分を目覚めさせたのは、間違いなく彼女なんだ。立ったまま、プルタブを引き上げてビールを口に含む。 子ども・・か・・。出来るなら欲しいよ。美香との子ども、可愛いだろうな。ぼんやり考えている俺に、お袋が再び声を掛けてきた。 「ね、彼女の言う人生の総仕上げ、私にも手伝わせてね。遠藤家に縁した人なんですもの、大切にしなくちゃ。見送る側は、その人の生き様を後世に伝えなくてはいけないのよ」 「私もお父さんとの事は、日記に書き留めていたわ。時折読み返しては涙したり、懐かしんだりしてる。過去を振り返り想いを馳せるの。そうすると、お父さんが側にいるような気になるわ」 「生き様・・か。そうだよな」椅子を引きお袋の対面に腰掛ける。「な、今さ、美香に子どもが欲しいって言われた。日本じゃまだ代理母って認められていないだろ?姉貴のところに行けば何とかなるかな?」特に驚いた様子も見せない、俺の母親。少々のことにも動じないから助かるよ。 「そう・・・美香さんが。そうよね、授かれるなら、それに越した事はないのですもの。花梨に聞いてみようか?」 「うん。頼むよ」ありがたいことに姉は看護士。きっと力になってくれるだろう。問題は真里菜さんだ。彼女はOKしてくれるだろうか?いくら親友の為とはいえ、旦那のいる身分だし、そう簡単には返事は貰えないだろう。小さく溜息をつく。 美香と雅夢さんが結婚したことも、二人が子どもを望んでいることも、何にも知らず普段通りの平凡な日々。ただ今までと唯一違うのが、旦那が出張で居ない時、実家に息子を預けて「Blue moon」に行く楽しみが出来た事。 皇牙君は優しいし何より可愛い。すっかり虜になってしまっていた。今も、皇牙君に肩を抱かれ夢見心地。お酒の酔いもあるけれど、彼の言葉はあたしの心を酔わせるんだ。 「皇牙君といると楽しいなぁ~!帰りたくなくなるくらい。このまま時間が止まっちゃえばいいのになぁ~!」思わず本音。 「真里菜さんには、素敵なご主人がいらっしゃるんですよね?僕は、家庭を持っていないから解らないですけど、結婚ってどんなものなんですかね?」 「うーん・・・なんだろうなぁ、空気みたいなもの?かな。必要なんだけど見えないもの。上手く言えないけどそんな感じ」 「はぁ・・・皆さん同じようなことを仰るんですよね。既婚者のお客様は。僕は好きな人との結婚に、憧れを抱いてるんですけどね。真里菜さんみたいな、可愛い女性だったら一緒になりたいな」 「上手いね~!皇牙君!ヮ(゚д゚)ォ!段々ホストらしくなってきたね~!同様の言葉を、何人に言ってきたの?」信じないよっ!!これは彼らの常套手段なんだからっ!! 「酷いですね~!(>д<;) 僕を指名してくれるの真里菜さんだけなんですよ!なんか僕って面白みないみたいで、あんまり客受けされないんですよね~!向かないのかな、この仕事」 「そんなことないと思うけどな。結構様になってるし、容姿だって素敵だよ!あたしは好きだけどな、皇牙君みたいな優しいタイプ」なんだろう、ちょっと落ち込んでる。ああ、そんな弱ったような顔しないでよっ!!これじゃ付き合う前の旦那みたいじゃんっ!! 「どうしたの?何かあったの?あたしでよければ何でも聞くよ?」駄目だなぁ~!あたし、こういう弱った男の子って放っておけないんだよね。 「聞いてもらえます?」言葉に頷く真里菜さん。「実は失恋した相手と、ばったり出くわしたんですよ。彼氏らしい人と腕組んで歩いていました。僕の顔を見ても、何の反応もしなかったんですよね。まるですっかり忘れているかのようで、二度同じ人に、振られたような気分になってしまいました」 「あちゃーっ!!それは痛いね。よしよし、いけないのはその女の人だ。君が落ち込む必要ないの。それだけの相手だったってことよ!そういう人はきっと、男性をとっかえ引っ返してるんだよ。だから想い出さないし想い出せない。健忘入ってるんだって想えば腹も立たないよ」 ヮ(゚д゚)ォ!「言いますね~!真里菜さんっ!!そうか、健忘かっ!!そりゃいいやっ!!」 '`,、'`,、 '`,、'`,、('∀`) '`,、'`,、 '`,、'`,、 良かった、笑ってくれた。ほっと胸を撫で下ろす。人の落ち込んでいる姿は見たくないよ。悲しくなってしまうから。あたしは人一倍泣き虫だから、そう思ってしまう。最初のときは黒髪だったサラサラの髪は、二回目に逢った時には少し明るめの茶色に変化して、幼い印象は少しだけ大人っぽくなっている。 「茶髪も素敵だね、皇牙君。よく似合ってる」 「本当ですかっ!!僕、真里菜さんみたいな髪色にしたくて染めたんですよ!そう言って貰えて光栄です。好きな人とは共通点欲しいじゃないですか」 「ちょっと~!ほんと口が上手くなったね~!本気にしそうっ!!」 「本気にして下さい。照れくさくて二回も三回も言えませんから」あーあ、ついに言っちゃったっ!!やばっ!!俺も、雅夢さんと同じ道を歩んでるじゃんっ!!真っ赤になって俯く愛らしい彼女。その肩を抱く手に力を込める。 「僕の片思いなんで、貴女は気にしないでいいんですよ。旦那さんも、お子さんもいらっしゃるんですから」そう、壊しちゃいけない。家庭のある人なんだから。 もう泣きそうだった。こんな風に、ストレートに気持ちを表現されたら、女だったら誰しも心が動いてしまう。美香、私も貴女と同じように恋に落ちちゃったかも。 「そういえば雅夢さん、結婚するって言ってましたよ!相手ははっきり明言しませんでしたけど、美香さんなんでしょうかね?真里菜さん、美香さんから聞いてます?」話題を変えなくちゃ。ごめんね真里菜さん。 「何にも聞いてないし、相変わらず音信不通なのよね。東京にいないのかな?何してるんだろう彼女ってば。私と美香はね、必要な時にしかお互いに連絡を取らないの。それが暗黙のルールみたいになってるんだ。互いの私生活にもあんまり踏み込まないし、話したくなったら話すって感じなのよ」 「そうなんですか、なんだかいいですね。つかず離れずって感じで。男性同士の間柄みたいです。僕も親友とはそんな関係ですよ。何年逢わなくても、すぐに打ち解けてしまうんですよね」 「そうそう!彼女は頭も良いし美人。もう小学校時代からモテモテだったよ。あの頃から人とは違うオーラがあったな~!仮に雅夢さんと結婚してるんだとしたら、美香、とっても幸せだろうな!羨ましい」 そうだよ、ほんと羨ましい。最近では、旦那と会話すらしていないよ、私達夫婦。 「真里菜さん元気ないですね。今度どこか一緒に行きませんか?遊園地とかで、ぱーっと遊んだら元気になりますよ!」笑顔の可愛い人なのに、最近笑ってくれる回数が減っているんだもの、心配だった。夫婦の危機なのかな?彼女は何も言わないけれど。 「ね、男の人って、結婚した後は妻の存在って、どうでもよくなっちゃうんだろうね。自分の事で精一杯って感じ。ありがとうも何にもない。ただ私の作った料理を黙々と食べて、テレビ見て、眠くなったらベットで休むの繰り返し」 「子どもと一緒に遊ぶわけでもない、どこかに連れて行くわけでもない。育児も家事も全部私。私は家政婦じゃない、一人の女なんだよ!妻だけど・・・女なんだよ・・・」駄目だ、無性に悲しくて涙が溢れる。「優しい言葉が一言欲しいだけなのに、そんなのすら妻は望んじゃいけないの?」 「真里菜・・さん」可哀想にぼろぼろ泣いちゃって。「ハンカチどうぞ。旦那さんから優しい言葉掛けられなくても、僕が何十回、何百回言ってあげます。お疲れ様、ありがとうってね」 「皇牙君、もうね、心が折れちゃいそうなんだ。自分の存在が無意味に思えてきて虚しいの。私はただ優しさを望んでるだけなのに。あの人には女がいること、前から解ってた。でもずっと気がつかない振りをしてきたんだよ!」 「でも、もう耐えられない!我慢したくもない!大喧嘩になってもいいから、今までの不満全部吐き出してやるわっ!!」 「喧嘩して行き場所がなかったら、此処においで。いっぱい話を聞いてあげるからね」たくさん泣いていいよ。家じゃきっと泣けないのだろうから。胸の中で号泣する年上の貴女が、傷ついた幼子のように感じるよ。 オンナ心 Rolling starへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/09/16 02:57:01 PM
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