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カテゴリ:オンナ心
宮城から帰宅後、雅夢が今日の夕食の買い物に行っている間、ブログを更新しようと、デスクに置いたノートパソコンを開いて気が付く。
「これ・・なんだろ?」ノートパソコンについていた白い結晶。右手の薬指ですくい上げる。 ざらざらとした、極僅かな少量の結晶。それはパソコンを開くと時折、手を置く部分に付いていた。 以前から気が付いていたけれど、これってもしかして涙の跡なの?このパソコンに触れるのは、私と彼しかいない。だとしたら雅夢の? お気に入りの中から、フォルダを探し出し始めた。彼は何か隠してる。私のブログ、彼のブログ、リンクされている形跡はなくて、探しても探してもフォルダが多すぎて、タイトルからは見つからなかった。 それならと、此処での彼のハンドルネーム「MIYABI・YUME」でGoogle検索。ヒットしたのは26件ほど。彼のブログタイトル「女王様と僕」、もう一つ結果にあったのは「愛する人との日々」という存在。 これって、もう一つのブログなのかな。私に内緒で開設したの? パソコンの画面を前に、クリックするかどうか暫く悩んで、長い溜息の後「愛する人との日々」の検索結果の文字をクリックしてみた。 タイトル「本音」これを書いたのは一昨日みたい。 結婚式終えた後、私が睡眠薬を飲んで寝た後に、更新された日記。 読み終えて想う。そうか君は、この日記を私に見せたくなかったんだね。だから新たな部分で・・・ 雅夢の本心が曝け出されている日記。何度も読んでいるうちに涙が溢れて止まらなかった。 「雅夢・・・ごめん・・ね。君だって苦しいんだよね?」申し訳なさと、気が付いてあげられなかった彼の苦悩を想い、日記を前にして両手で顔を覆う。 君もこうやって泣いていたの?夜中にパソコンの前で、聞かせない様に必死に声を押し殺して。 苦しいなら一緒に泣いてよ!無理なんてしなくていいんだよ?君はまだ24歳なんだから。 背負うには重過ぎる程の現実を、男だからって一手に引き受けなくていいんだよ。 「何も心配いらないぞ。共に泣いて、共に笑って、時に苦悩し、喧嘩もするかもな。人間同士だからさ。それでもお前を離さない。最後まで。これから先どうぞ宜しく!」 私のブログに、この言葉を書き込んでくれたじゃない!その通りでいいんだよ! もしかして私の存在が、重荷になっているの?だとしたら、そうだとしたら申し訳なくて、いっそのこと自分なんか、いなくなっちゃったほうがいいんだよ。どうせ先は長くないんだから。 「ごめんね、やっぱり君とは、出逢うべきじゃなかったのかもね」BBSに書き込みをした後に小さく呟き、パソコンをスタンバイ終了させた。どうしよう、なんだか不安定だ。頭がズキズキと疼くように痛い。 「明後日の検査入院、止めちゃおうかな」頬に流れていた涙を拭いながら、言葉に出してみる。少しふらつきながら、吐き気を堪えてデスクから立ち上がった。 「ただいま!美香!あ・・れ?出かけてるのか?」家に帰るとマンションの室内は真っ暗で、ひっそりと静まり返っていた。吐き気が止まらないと訴える美香を部屋に残し、一人夕飯の買い物に出ていた俺。 「美香?まさか風呂、じゃないよな」部屋中を歩き回って、風呂場、寝室と覗くけれど、何処にも彼女の姿は見当たらない。検査入院のバックも、寝室部屋に残されたままだ。 酷く胸騒ぎがして、彼女の携帯電話に電話を掛けても、留守番電話になるだけで一向に繋がらない。 「どうしたんだよ、何かあったのか?」一抹の不安が一瞬過ぎる。食材を全て冷蔵庫にしまった後、 仕方なく大学病院で世話になっている、心療内科医の篠原医師に相談しようと思いつく。 冷蔵庫に張ってあったメモ用紙を見て、彼女を診察してもらっている大学病院に電話を掛けた。電話を取った事務員は、事情を話すと、すぐに彼に電話を回してくれたようだ。 「はい、篠原です」「あ、いつもお世話になってます。遠藤です。遠藤美香の」言葉を遮る様に、少し低い声が受話器から聞こえる。 「あぁ!はいはい!遠藤さんのご主人ですね。どうかされましたか?」 「あの、明後日検査入院なんですけど、美香が家にいないんです。体調良くないから、家に残していたんですけど、帰ったら何処にもいなくて」拙い説明に、時折相槌を打ちながら話を聞いてくれる、初老の男性医師。 「そうですか、電話も繋がらないと。最近メンタルの方では変化ありましたか?」 「いや、特に変わったところは・・結婚式も無事終えて、普段以上に元気でしたけど」 「うーん、体調、今日はあんまり良くなかったんですね。そういう時は、気持ちが落ち込みますからね、行かれる場所の心当たりはご存知で?」 「いえ、それが全く解らなくて。俺、彼女のことまだ良く知らないんです」それは事実だ。家族構成、兄弟がいるのかいないのか、知っているのは、美香に母親がいない事くらい。 先生に聞けば、行き先のヒントが貰えるかもしれないと期待したのは、安易過ぎただろうか?不安な気持ちだけがただ焦り、部屋の中をうろうろと歩き回る。不安を察したかのように、先生は明るい口調で話す。 「美香さんには、70歳になられるお父様がいましてね。もしかしたらそちらに向かわれたのでは?何でも相談できる方だと、御本人から聞いていましたから。住所と連絡先お教えしましょう。少し御待ち下さいね」 「すみません、ありがとうございます!お願いします」礼を言って電話口で暫く待っていると、まもなく彼が再び出て、実家の住所と電話番号を教えてくれた。それを慌ててメモに取った。 住所は千代田区神田紺屋町。ネットで調べようと、リビングに置かれた美香のノートパソコンを開く。「ん?何でパソコンの蓋が閉じかかってるんだ?美香、ブログ更新したのか?」独り言を呟きノートの蓋を上げ電源を入れると、スタンバイの状態だったらしく、すぐに起動した。 確認すると、彼女のブログの更新はされていない。何気なくお気に入りを見たら、俺の秘密ブログの名前が追加されていた!「えっ!何で!まさかあいつ見つけちゃったのか!!」激しく動揺して、マウスを持つ手が震える!「やっべーっ!!ぐぐって見つけちまったのかもっ!!」 ハンドルネームも本ブログと同じだったし、ましてや此処はアフィリエイトの関係上、集客力がある。一日一回程度の更新してれば、Google検索にヒットするのは確実だった。念の為、管理画面で秘密ブログを開いてみると、ブログの訪問履歴に彼女のハンドルネーム「美香2008」が残っていた。 「あーっ!!やっちまったっ!!バカだ、俺っ!!」読んだのは間違いない!!同じところで、秘密ブログやるんじゃなかったっ!!「迂闊過ぎだぜっ!!」チッと舌打ちをして髪を掻き毟るっ!BBSには、彼女からの書き込みが残されていた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 大好きな雅夢。秘密の場所に書き込まなくちゃならないほど、苦しかったんだね。 ごめん。みんな私のせいだね。君の気持ちがひしひしと伝わってきてさ、涙が止まらなかったよ。 「本音」以外は読んでいない。苦しくなりそうだったから。 ね、パソコンにほんの僅かに残っていた、白い結晶。君の涙なんだよね? 夜中に気が付かれない様に、声を押し殺して泣いていたの? その姿を想像するだけで、ホント申し訳ない気持ちで一杯になっちゃった。 今日はあんまり体調が良くなくてさ、その為か悪いほうに気持ちが傾いちゃって、苦しいです。 私、ちょっとの間君から離れようと想う。あまり雅夢に負担掛けたくないからね。 実はがんの事、父親に話していなかったんだ。美香の母親も乳がんで他界しているからさ、父に言えなかった。母親に続いて娘までがんになるなんて、親不孝過ぎてね。 雅夢との結婚の報告もしていなかったし、君は挨拶に行くって言ってくれたけど、二度目だし父には言わなくてもいいかななんて、考えちゃっていてさ。 でも、帰ってちゃんと打ち明けてくる。男手一つで宮大工をしながら育ててくれた、尊敬する父親だからね。べらんめぇ口調の飲兵衛親父なんだけど、私と二つ下の弟には優しい父親です。 弟がいることも言ってなかったね。彼は父の後を継いで宮大工やっているんだ。今は京都にいるからなかなか逢えないんだけど、姉弟仲は結構いいんだよ! 私も人の子だからさ、人生経験の長い父に逢って母親が残した軌跡とか、写真とかを見て、そして何より母親を最後まで看病した、父の話を聞いてこようかと想っています。 ごめんね、君だって苦しくて当たり前だよ。まだ若いんだもの。 落ち着いたら連絡するね。暫くの間、私に電話しないでいいよ。 私から必ず電話をするから、待っていて下さい。 我儘言ってごめん。秘密ブログがそうじゃなくなっちゃったね。ホントごめん。 美香 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「謝らなきゃいけないのは俺のほうだよ、ごめんな」マジ情けねー。そうなんだ、親父さんもがんで、奥さんを亡くしているなんてな。美香、こんなときだから俺こそ、親父さんの話を聞かなくちゃいけないんじゃないのか? お前のお袋さんを最後まで看取った男の気持ち、自分こそ知らなくちゃいけないんじゃないのかな? 想うと居ても立ってもいられなくて、一旦ブログを閉じた後、プリンターに用紙をセットして、 MapFanから親父さんが住むという、神田紺屋町辺りの周辺地図をプリントアウトした。 美香、お前と向き合わなくちゃ。苦しい時だからこそ支えたいんだ! 妻の親父さんに、挨拶もしていない旦那なんて情けねえだろっ!!お前を追いかけて、これから実家に押しかけるからなっ!! 美香が帰宅を拒んでも、何度でも何度でも足を運ぶから、情けない年下男を見限らないでくれよ!頼むから。地図が印刷されたA4用紙を乱暴に取り上げると、デスクに置いて、寝室のクローゼットに仕舞い込んだ紺のスーツを取りに行く。 スーツに袖を通しネクタイを締めると、情けない俺でも、一端の強い男になれる気がした。 待ってろよ!あんな日記見られちゃった後で言い訳がましいが、これでも気持ちの切り替え上手なのと、図太い根性だけは自慢なんだぜっ!! あの日記、秘密になんてしなきゃ良かったな。どんな本音でも、本ブログに書けば良かったんだ。 見つけて読んだら美香が傷つくと、どうしてもっと早く気が付かないんだよ。落ち込んでいるであろう彼女を想い、心臓が締め付けられる痛みが走り、苦痛で唇をかみ締める。 「美香、ホントごめんな!」口に出して彼女に謝罪。腕時計を見ると夕方の五時。携帯電話からタクシーを呼び、急いで逢魔が時に差し掛かった町に飛び出していった。 オンナ心 父親へ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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