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カテゴリ:オンナ心
「ただいま、お父さん」私の声に居間でテレビを見ていた、真っ白の角刈り頭の父が振り返る。
「おうっ!!何だ美香っ!久しぶりじゃねぇかっ!!なんでぇっ!!来るなら連絡よこしやがれっ!!」 「ごめん。急にお父さんに逢いたくなってさ!こっそり来ちゃった!」玄関の引き戸を閉めながら答える私。そう、ホント逢いたくなっちゃったんだよね。「これ、来る途中買ってきた鬼殺し、お父さん好きでしょ?」ぶら下げていた一升瓶を父に差し出すと、見つめたその目元が綻ぶ。 「おう!すまねぇなっ!!ありがとよっ!!なんでぇ、お前随分痩せちまったなぁっ!!ほらほら、ぼーっと突っ立ってねぇでさっさと上がれっ!!」 鬼殺しを受け取った父の腕は、相変わらず逞しい。日に焼けた黒い肌も相変わらずだ。雅夢も野球やってた時は、こんな感じで色黒だったんだろうな。ふと他愛もないことを考える。 「お邪魔しまーす!お父さんは相変わらず元気そうだね!静さんは?」 「ん?京都に帰省してらぁ~!親戚の法事だってよ!」 「ふーん!お父さん、そろそろちゃんとプロポーズしなよ~!いつまで内縁の妻にしておくのよ~!」腰に両手を当てて、父に抗議の視線を送ると苦笑顔。静さんは父の友人であり幼馴染でもある。母が亡くなった後、精神面でも家庭面でも、私と弟慶介を面倒見てくれた女性だ。 「だぁってよ~!もう70なんだぞ?今更再婚したってぇなぁ~!」 「もうっ!!年齢なんて関係ないわよっ!!静さんの為にちゃんとしなさいよ~!」ちゃぶ台に手を置いてゆっくり畳に膝をつく。それを立ったまま見つめる父。 「なんだ、美香。お前調子悪そうだな。大丈夫か?」 「ん・・・それもあって今日は帰ってきたの。お父さん、座って」促すと甚平姿の白髪頭の父は、ゆっくりと対面に腰を下ろし、あぐらをかいた。小さく溜息の後、ゆっくりと今の現状を話し出す。 話を聞き終えた父は、太ももに置いた両拳を硬く握り締め、唇を真一文字に結んで、悔しさを堪えているようだった。 「ごめん・・ね、お父さん。でもね、がんになったからって不幸だとか考えてない。それに今、私を支えてくれている人がいるんだよ!実は再婚したんだ!」 「はぁっ!!いってー何時っ!!お前結婚は、こりごりだって言ってたじゃねぇかっ!!」 「そうなんだけど、とにかく結婚したの!もうね、とっても素敵な人なんだよ!」 「なんでぇっ!!惚気やがってっ!!そう・・か、再婚か。ま、おめーの人生だ、好きに生きろ」 鼻の下を右手で擦って、ちょっとだけ嬉しそうな表情をする。お父さんが喜ぶなら、もっと早く報告にくればよかったかな!表情を見て少し反省! 「ね、鬼殺し飲もうよ!一緒にさ!私の再婚祝いってことで!」(*´Д`*) 「おいおい、酒飲んで平気なのか?ったく褒められた病人じゃねぇなっ!!」 ぶつくさ言いながら、父はちゃぶ台に手をついて立ち上がり、背面にある茶色い食器棚から、夫婦の湯飲みを取り出した。少し大きい青い湯飲みは父ので、一回り小さな赤い湯のみが母が使っていたものだ。 「懐かしいね、お母さんの湯のみ。まだ綺麗なままだね」 「ああ。結婚祝いにあいつが買ってきたんだ。俺のはふちが欠けたりしてるけどな、あいつのはまだ綺麗な状態を保ってる」 持ち主がいなくなった湯のみ。母の湯飲みを右手で持ち、立ったままの父は、感慨深そうに眺める仕草。雅夢、君もお揃いで買った湯飲みを私が死んだ後、父のように眺めるのかな。座ったまま見あげて想う。 「ごめん下さいっ!!遠藤と申します!」 ガラスの引き戸がノックされ、よく通る大きな声がした!「えっ!!雅夢?」思わず素っ頓狂な声で呟くと、父が私を見つめる。 「何だ?お前ぇの知り合いか?」 「知り合いじゃなく、結婚した彼よ!お父さん代わりに出て!」促されるように手にした湯飲みをちゃぶ台に置き、玄関に向かう。黙ってその背中を見送る。 「あいよ!おめーさん誰でぇ?」 引き戸を開けた父。全く、第一声がそれですか?お父さんってば~!雅夢、頑張れ~!((´∀`*))ヶラヶラ年下の彼が最初に父に会う。私は居間でその様子を眺めることにした。父より遥かに背の高い、雅夢の顔がよく見える。幾分緊張顔。ホント、可愛いんだから。 「あっ!!初めまして、俺、遠藤雅夢と申しますっ!!金井美香さんのお父様でいらっしゃいますか?」 「ん?金井美香は間違げぇなく俺の娘だが、どちらさんでぇ?」 おそらく訝しげな視線を送られているのだろう、雅夢の表情が硬くて、見ている私はもう可笑しくて可笑しくてたまらないっ!!頑張れ!雅夢っ!!心でエールを送る! 「あっあのっ!!実は先日、金井美香さんと結婚致しました、お父様にご挨拶が遅れまして、本当に申し訳ありませんでしたっ!!」 「あん?おめーさんかっ!!美香の旦那ってぇいうのはっ!!おうっ!!今更、どの面下げて来やがったんでぇっ!!」 あーあ!可哀想に!父は人をからかうのが大好きだから、早速意地悪されてるし。玄関の蛍光灯の明かりで、彼の顔が青白く見える。緊張しているのもあるんだろうな。何度も頭を下げる様子に気の毒になって、室内から声を掛けた。 「ちょっと~!お父さん!あんまり雅夢を苛めないでよ~!寒くなってきたんだし、家に入れてあげて~!」ちゃぶ台に頬杖を付いて見守っていた私は、思わず助け舟を出す。 「なんでぇ、美香っ!!お前ぇ助け舟出すの早過ぎだっ!!おうっ!!遠藤とか言ったな、此処で立ち話もなんだ、家に上がれっ!!」 「はっはいっ!!失礼致しますっ!!」 よかったね~!雅夢。家に入れてもらえて。うちの父は気に入った人間しか家に入れないんだよ。 雅夢が居間から手を振る私に気がついた。ほっとした安堵の表情を見せて小さく笑う。 先を歩く父は舌を出して、意地悪が成功したことに満足げな表情だし。(*´Д`*) 美香が笑ってくれた。よかった!想っていたより元気そうだっ!!それにしても、この親父さんの眼光、怖いんですけどっ!!((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル風格があるというか、威厳があるというか、てやんでぇ口調が、すっげー似合うんですけどっ!! 「あの・・これ飲んで下さい」部屋に上がる前に渡さなきゃ。背中に声を掛けると親父さんが振り返る。持ってきたのは「十四代 播州山田錦 中取り純米吟醸」酒屋で店主に勧められたものだ。 「おう!十四代じゃねぇかっ!!こいつは嬉しいねぇ~!お前ぇさん、なかなか通だね」 「あっ、いや、それ程でも」実は日本酒はあんまり詳しくない。十四代は亡くなった親父が好きで、よく飲んでいたから憶えていたんだ。嬉しそうな表情で土産を受け取ってくれた。まずはそれにほっと胸を撫で下ろす。 背は165センチほどだろうか?小柄だけどがっちりした体格をしている。藍色の甚平姿から覗かせる黒く逞しい腕。この腕で、幼い美香と弟さんを抱き上げてきたんだろうか。 「おう!遠藤!さっさと上がりやがれっ!!」ふん、ま、顔は悪くねぇな。だが随分若そうだ!挨拶と礼儀はまあ合格点だろう!美香の元旦那よりずっといい。 「お邪魔します!」よく通る声でたたきに上がり、玄関先で靴を揃える仕草。ん、若いけど、親からのしつけはちゃんと出来ているようだな。何気ない仕草で判るってぇもんだ!室内を興味深そうに、ゆっくりとした動作できょろきょろと見回す若造。 「なんでぇ、そんなにめずらしいか?変わったもんなんか特に置いてねぇぞ?」 「あっいや、そうじゃないんです。俺の父は大工だったんで、実家と同じ空気を感じたというか、なんと言うか」 「ほう?おめぇさんの親父さん大工か?随分若そうだが、ところでぇおめぇさん幾つだい?」 「俺は24歳です。出身は宮城の仙台になります」 「宮城か、いいところだな。美香の母親も宮城でなぁ、縁があるのかねぇ。まっ、殺風景な部屋だが突っ立ってねぇでとにかく腰下ろせ!」今時の風貌の若造だが、どこか純朴で素直そうな男との印象を抱いた。美香、おめぇ、随分若い男と結婚したんだな。 自宅に来たばかりの時、少し疲れた顔の娘を見て不安になったが、この男を前にし、今はニコニコ顔だ!この男が余程好きなんだろう。甲斐甲斐しく自分の座布団を譲ってやがる。 ったくしょうがねぇな!女ってぇ奴は、好きな男を目の前にするってぇと、こんなにも生き生きとするもんなんだな。亡き妻の笑顔を想い浮かべ、思わず苦笑!溜息をつき、床に腰を下ろしあぐらをかいた。 「おう!遠藤!さっさと座れ!美香の事情はさっき聞いた。おめぇさんには苦労を掛けるが、本当に済まねぇ」俺の言葉に立ったままのこの若造は、無言のまま床に正座をし、両太ももに手を添えて、ゆっくりとした動作で頭を垂れた。 「いえ、俺、これから先、全力で美香さんを支えます。その覚悟がなければ、彼女と結婚しようなんて思わなかったですし。お父さんどうぞ宜しくお願い致します」 若いがそこそこ覚悟があるってぇ事か。そうだな、生半可な覚悟じゃ病を患った美香と、力を共にして戦って行けねぇだろう。「ちゃらちゃらした感じがちったぁ気に入らねぇが、ま、生涯の伴侶として美香の選んだ男だ、親父としては口は挟めねぇからな。ま、折角来たんだ!一杯引っ掛けっか!おめぇさん、いける口か?」 いたずらっぽい表情で、俺を見つめ、口の端をあげてニヤリと笑う親父さん。 「はい!飲兵衛親父の子ですから!」そう答えると 「そいつぁ楽しみってぇもんだっ!!おう、美香っ!!お前も父親と同じ様な、飲兵衛男に惚れちまったかっ!!こりゃあ今夜は楽しい夜になりそうだなっ!!」 親父さんは屈託なくガハハと笑う。俺は仏前にお線香を上げさせてもらい、それを確認した親父さんは、和卓に置いた持参の14代に手を掛けた。 オンナ心 気持ちへ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008/10/19 08:16:57 AM
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