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空想世界と少しの現実

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緋褪色

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カテゴリ:オンナ心
美香は自分のやりたかった事を一覧に書き出し、時には俺と共に人に会いに行ったり、手紙を書いたりでそこそこ忙しい日々。何かに夢中になっている間は、自分の病を忘れられるから」って笑う。
「それは解るけど、だからって無理は禁物だぞ!入院前日だっていうのに、昨日だって遅くまで起きていたじゃん」
「だって時間が惜しいんだもの。本を読み始めたら夢中になっちゃったのよ」
「本ね、俺はあまり本に興味ないけれど、美香は読書好きだよね。没頭していると、俺の声も届かないくらい夢中になってるし」
ちょっとだけ批難を含めると、彼女は肩を竦めて苦笑い。しょがねーかと、つられて笑ってしまう。

今日は金曜日。検査入院の彼女は、病院のベットの上で少し眠そうな様子。投与されている、抗癌剤の効果がどの程度出ているかの為の入院だ。
「美香、少し寝なよ。俺は適当にぶらぶらしてくるからさ」タオルケットを掛けながらの声に素直に頷く。
軽く頭を撫でると少し微笑んだ。

病室を出て窓から見える空は、気持ちのいい抜けるような青空だ。こんな日は外に連れ出してあげたいけれど、仕方ないか。つい溜息。
軽く頭を振って、曇った気持ちを切り替えようと歩き出した。

同じ階にあるナースセンターの前を通り掛かると、背の高い男性が看護師と話をしていた。見舞いかな?ま、うちじゃないだろう。一瞥して勝手に思い、傍を通り過ぎたタイミングで聞こえた言葉に、つい耳を澄ます!

「こちらに、金井美香さんが入院されていると伺ったんですが」

えっ?美香?金井美香って言ったよな?その言葉に思わず立ち止まり男性を見つめた。誰だ?この人。美香の知り合いなんだろうか?
じっと見つめていたら、視線に気がついた男性は目礼し、センターから出てきた看護師と共に、美香の病室の方に歩き始めた。気になって視線で後を追いかける!

面会を告げる看護師の声の後、男性はゆっくりと病室内に入っていく。おいおい、男が訪ねて来るなんて聞いてないぞ!ちょっと不機嫌になり、早足で病室に向かった。

ノックもせずにいきなり引き戸を開けた為、二人は一瞬驚いた様子で振り返ったけれど、会話の途中だったらしく、再び話し始めた。ムスッとして入り口で立ったまま聞いている俺。


「美香さん、検査とはいえ、入院するならどうして前もって伝えてくれなかったんですか?酷いですよ!」
「ごめんごめん、忙しいかと思って連絡しなかったの。仕事は順調?小沢は元気そうだね」

なんだよこの会話、随分と親しげじゃん!面白くねーな!益々不貞腐れた表情になるのが、自分でもはっきり判った。
会話を中断し、やれやれといった表情で俺に手招きをする美香。


「雅夢、この人が以前話した小沢君。会うのは初めてだったよね」
「ん、まあね。じゃ、ちゃんと紹介してよ!」小沢って人を軽く一瞥し、抗議の視線を美香に注ぐ。
もう、しょうがないな、雅夢ってば。小沢とは何でもないんだから、怒った顔しないの!宥めるように微笑んでベットサイドの小沢を見上げる。
「こちらは小沢和彦君。私の秘書だった人よ。今は後任で代表取締役になったの」
紹介に軽く会釈をする小沢。雅夢も同様に応じるけれど、その表情は強張ったまま。眼に浮かぶのは嫉妬の色。思わず溜息が出てしまう。

雅夢をなんと紹介しようか迷い、少しの間を置き「彼は遠藤雅夢君。・・・若いけど、結婚したばかりの旦那様なの」瞬間、驚きの表情で、小沢が雅夢と私を交互に見つめた。貴方にも言ってなかったから、当然の反応よね。

互いの自己紹介を見守った後、雅夢に椅子を持って来るように伝え、小沢に座るように促す。雅夢は窓際の壁に腕を組んで、そっぽを向いたまま立ち尽くしたままの状態。
あからさまな拒絶と苛立ちが伝わってきて、こちらまで気持ちがささくれ立ってくるよう!もう少し大人な態度とってほしいのに!


なんかすっげー面白くない!俺に見せる表情とはまた違う微笑みだったり、全く知らない会社内部の話に、更に苛立ちが強くなっていく。駄目だ、これ以上此処に居たくない!
そう思い始めた時、雰囲気を察したようなタイミングで、美香が俺に声を掛けた。

「雅夢、いくら貴方でも会社内部の話は聞かれたくないの。席を外して頂戴!もう社会人なんだから、それぐらい指摘されなくても察しなさい!」
きっつーっ!!人前でそこまで言わなくてもいいじゃねーか!!「解ったよ!出ていきゃいいんだろっ!!」

吐き捨てるような言葉使いと不貞腐れた態度で、足早に病室を後にする彼。ごめんね、雅夢。だけど今の貴方の態度は良くないよ!
小沢にだって失礼じゃない!視線を交わす彼も苦笑顔。やれやれってまた溜息をつく私。

「ごめんね小沢。まだ子供なんだよ彼は。いつもはあんなんじゃないんだけど」謝罪に首を振って応える彼。物静かで穏やかな大人の男。この人の半分でもいいから、雅夢に穏やかさと落ち着きがあれば言うことないのにね。


「気にしませんよ。頼まれた書類が出来上がりましたので確認をと思いまして。それに心配でしたから、お体は大丈夫ですか?」「うん、正直あまり、ね」
最低限の言葉で体を気遣ってくれる人。視線が交差し、眼鏡の奥の瞳が柔和な光を放つ。
駄目だよ、滅入る時に優しくされてしまうと、心が揺れてしまうから・・・慌てて視線を逸らし、少しの無言にも耐え切れず呟いた。

「ね、小沢」」
「はい」「会社、頼むね。後任、貴方じゃないと安心して頼めなかった」

「やはり貴女の口添えがあったんですね。そうだとは思っていましたが」

黙って頷く。「私が全力で築き上げてきたんだもの、一番の腹心に継いで欲しかったのよ」
卑怯だよね、私。小沢の気持ちを利用して、一部上場企業にまで昇りつめた。彼がいなかったら今の私ではないんだよ。

知ってた?私が貴方に想いを抱けなかったのは、たった一つ、ほんの些細な理由なの。それが淡い気持ちを抱きながらも、恋に発展しなかった理由。君はこれからもずっと知らないままなんだろうね。だからこれからも彼の想いを知らぬ振り。

このままどうか逝かせてほしい。心を乱れさせないで。そっと瞳を閉じる。敏感な彼なら、『今日は帰って』とのメッセージとして察してくれるよね?
今までもずっとそうだったように。言葉に出さずとも解ってくれると想っていいかな?少しの無言の後に、持参した書類をトントンと整える音が聞こえ、落ち着いた低い声が耳に届く。


「美香さん、横になったほうがいいですよ。俺もう帰ります」「ん、今日はありがとう。わざわざ来てもらっちゃってごめんね」言葉に首を左右に振って応えてくれた。気持ちを汲んでくれた彼に感謝。
「また、お見舞いに来ますね」その言葉に、今度は私が黙ったまま頷き返し、立ち去る背中を見送った。



俺の勘が正しければ、あの小沢って男は美香に好意を抱いている!注ぐ視線、言葉遣い、全てが好きな女にする行動だ。
同じ男だもん、すぐ判るもんだ!確信を持った俺は、奴を病院入り口で待ち伏せる事にした。
夏のじりじりと焼け付くような日差し。まるで俺の嫉妬心と同じだな。かれこれ一時間が経っている、見舞いならこれくらいの時間が限度だろう。

携帯電話の時間を確認し、閉じたと同時に自動ドアが開き、病院から奴が出てきた!やっぱ俺って、いい読みしてやがるぜっ!!にやりとほくそ笑む。

「あのっ!!小沢さんっ!!」背後から声を掛けると、少し驚いた表情で長身のスーツ姿が振り返り、


「あぁ、先ほどはどうも。突然に訪問しまして失礼しました」「いえ、俺こそ変な態度取っちゃってすみませんでした!」

俺はともかく、小沢さんまで丁寧に頭を下げ、謝罪の姿勢に少しばかり驚きを抱く!?さっき無礼な態度を取った年下の俺に?美香が、傍に彼を置いていた理由がなんとなくわかる気がした。
ちょっと待て、そうじゃないだろっ!!感心している場合じゃないっ!今は、この人の気持ちを確認するほうが優先だっ!!

「あの、お時間あります?ちょっとの間お話出来ませんか?」探るように伺うと、彼は右腕に付けた腕時計をちらりと見て、暫し思案の後、
「いいですよ、一時間ほどなら大丈夫です」と静かな声で答えた。

オンナ心 葛藤へ






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Last updated  2009/07/20 03:42:58 PM
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