仙燐眼

とっても尊敬している女性がいる。

もうその方は70歳を超えているのだが、
一時、私の子供を保育してくれていた人です。

私は当時仕事をどうしても続けなければならない状況で
まだ、3ヶ月にも満たない赤子を保育園に預けるのにはしのびないと、面倒を見てくれる人を探していたときがあった。

彼女との出会いは、
私の強引な頼みから始まった。

その方は、
若い頃何年か役場で勤め
その後出産とともに家庭婦人となり、
そして孫の面倒を見るまでの年まで
姑との辛い生活が強いられた。

しかし、その後
姑も亡くなり
手が空いた頃、近所の口コミで何人かの子供の保育を任された。
しかし、常にたった一人の子供だけを見ることを決めていた。
だから、複数の他人の子の保育を頼まれても決してしなかった。

もう、20人近くの子供たちの成長を見た後、
彼女は体力限界のことも考え
赤ちゃんの保育をすることは辞めることにした。
つまり、隠居に入っていた。

でも、
私がそのウワサをつきとめ
その方の家を調べ上げ、
初めての訪問で、

頼み込んだ。

最後の保育をしてください、と。

あまりに強い思いに私の目には涙が浮かんでしまった。

結果、彼女はその晩に
引き受けます、と連絡してくれた。


彼女はとても優しい。

まるで、
昭和の初期を思い出すような家庭風景

手作りのカーテン

玄関にはいつも小さな一厘挿しの花が生けてあり、
ガラス棚には
漆塗りの旦那さんが作ったお盆が飾られてる。

壁にはおかめとひょっとこのお面が飾られ

書道で何か書いた色紙が掛けてある。

決して立派な家ではなく
とても広い敷地でもない。
でも、ホコリのない清潔な部屋に住んでいる


夏のこんな暑い日にお邪魔すると、
必ず、
冷たいスイカや水羊羹を出してくれる。



彼女は、
どんなに小さな赤ちゃんにも真剣に話しかけるのだ。

始めの頃、私は不思議だった。

「なんで、言葉も分からない数ヶ月の赤ん坊に
話しかけるんだろう」って。


でも、
彼女はいつもいっていた。

「あのね、真剣に話してる、っていう気持ちが赤ちゃんにも伝わるのよ。」

台所の土間が少し段差があった。

ここに我が子がハイハイしてるうちに落ちたことがあった。

泣き声と共に
急いで駆けつけた彼女は
「ごめんね～～～、痛かったでしょう？！！どこがぶつかったのかなぁ。。。」
と、泣き止むまで、
ヨシヨシを続けた。

そしてその後、

「ねぇ、よく聞いてね、
ここは、こんなに大きな段差があるでしょう。
だから、落ちちゃうのよ。

もう、ここに来たらダメよ。
また、トーーンって落ちたら、今度はもっともっとイタイイタイになるのよ～～、
分かった？？ね？」

そして、その時わが子は分からないまでも

「ウン、ウン」

ってうなずいていたそうです。


そして、不思議なことだけど、
ちゃんとその日から、
落ちたことが一回もなかったのです。

もちろん、柵なんかもしてませんでした。


こんな事をよくやる彼女でした。

そして、そのたびに彼女は

「この子は本当に頭の良い子よ、いい子。
大人が言う言葉が分かるのよぉ」

って私に自慢をしていたように話してました。

でも、これは、
私の子供だけに言っていたわけではない。

彼女はそうやって毎回何人もの子育てをしていたのです。

赤ん坊を育てることに関しては
まさに天才でした。
私は本当にこの方に教えられることばかりでした。

今でもたまに彼女と話しますが、
とても
つつましやかな生活なのに
小さな喜びを見つけては幸せそうに生きてる感じ。

なんっていうか、
裕福な生活ではなくて、

近所に人に半天縫ってあげたり
そのお礼に
ごはんをご馳走してもらったとか
一緒にビール飲んできたとか

娘さん親子がその日来るから
そのための夕飯をちょっと豪勢に手作りでいろんな種類のメニューを作って迎えたり・・

お墓参りにいくのに
一緒にドライブに連れていってもらったり、

旦那さんはもう他界して
一人暮らしだっていうのに
本当に毎日忙しくいつも楽しそう。

こんな人になりたいな、って思ってしまう。

こんな穏やかな気持ちの人になりたいな、
って思う。

誰にでも本当に優しい
とってもあったかい人。

心が洗われるような人。

気持ちがパンパンになった時に、
私は彼女に話かける。

安心する。

魔法のような人だ。