仙燐眼

前にいた部署に若い20代前半の男の子がいた。

私は14階の最上階で仕事をしていたので
お昼の食事は同じ階の休憩室でとっていた。

彼は13階で働く子だったが、
わざわざ、14階に上がって毎日食事に来ていた。

すらっと背が高くちょっと美形
若き日の阿部寛によく似ていた。


彼が気になったのは、
毎日の食事はいつもおにぎり。
アルミホイールに1個づつ包んだ手作りおにぎりを3個
ハンカチで包み持ってきていたから。

6人掛けのテーブルにいつもたった一人で座り
黙々とおにぎりを食べていた。

女性がお弁当を持ってくることは多々あったけど、
他の男性は大体弁当を注文してるか
外食で済ます人が多かったので
一際、目立っていたのだ。


そのうちに彼のことを
私たちは密かに

「おにぎり君」と名づけた。



女どもは勝手に

「おにぎり君の彼女はおにぎりしか作れないから
毎日おにぎりを持たされ
それをけなげに食べてあげて
きっと愛し合ってるのね～」

とか、

「もしかして、未だにお母さんか
おばあちゃんに作って持たされてるのかもしんないね」

とかウワサしていた。


ある日

ちょっと話しかけてみた
（結構言いだしっぺするのが得意かも！
いやいや・・想像してるよりも聞いてみたい、という気持ちが大きくなった）


「そのおにぎりは手作り？」


「はい、そうなんですよ、自分で作ってきてるんですが、
中身の具がワンパターンで
何かいいものはないですかね？」


え～～～～～？？！
自分で作ってきてるんだぁ！！


「僕、派遣で自宅通いなんですが
お金がないですからね。

だから、せめて昼くらいは節約しようと思って・・

朝、起きると、
みんな誰も居ないんですけど
ちゃんとご飯だけは炊いてあるんですよ。

だから、おにぎり作ってきてるんです。」


へ～～～。

今時の若い男の子が毎日おにぎり作るなんても
まぁ、珍しい！！

いやぁ、見上げたもんだ！！


それから、
おにぎり君とみんな仲良しになった。

新米主婦からのアドバイスで
おにぎり山を利用して
簡単に違う味のおにぎりの作り方とかを
教えてもらったり・・

お弁当のときに
おかずや果物をおすそ分けしてもらったり・・

あと、
それまで一人で食べていたテーブルだったのが、
他のお弁当を注文していた男性も
同じテーブルに座るようになり、
何だか同じ階の人みたいな親密度になったわけです。


ちょっとした『新しい風』が入り込んだ気がした。


バブルが崩壊しても
その頃に雇用されたまま
能力のないのにただ、居れるだけ居てやろうという根性の男性社員が多く
女性といえば、ほとんど派遣が多かったこの職場。

そんな中で
あっけらかんと

「お金がないから」と言ってのけ
毎日おにぎりをほうばる彼の姿が何だか清清しかった。

裸の大将のおにぎりにくらいつく面影が
何だか浮かんでくる
そこには
最低限の幸せをちゃんと知っている彼の大きさが重なるような。

背伸びをしない
それでも前向きな志を掲げ
努力する彼の将来は頼もしそう。

彼はWEB管理課の修行中。