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カテゴリ:徒然奇2
アラン 幸福論
エミール=オーギュスト・シャルティエ((Emile-Auguste Chartier), 1868年3月3日 - 1951年6月2日)はフランスの哲学者。アラン (Alain) というペンネームで知られる。ノルマンディー地方のモルターニュ生まれ。高等師範学校卒業後、リセの教師となる。 過去の偉大な哲学者達の思想と彼独自の思想を絶妙に絡み合わせた彼の哲学講義は、学生に絶大な支持を受け、彼の教え子達の中からは、後の哲学者が多く輩出されている。女流哲学者のシモーヌ・ヴェイユは彼の教え子。 ルーアンのリセで教えていた時に、アラン名義で「デペーシュ・ド・ルーアン(Dépêche de Rouen)」紙にコラム「プロポ(propos)」を寄稿し始める。 平和主義と反戦思想を持ちながら、46歳で、第一次世界大戦に志願して従軍。3年後に除隊してアンリ四世校の教職に戻る。 65歳で教職を退職し、83歳で亡くなるまで執筆活動を続けた。(出展:Wikipedia) へえ~、アランってペンネームだったのね。 PCの脇に置いてあったのだ。ずっと置いてあったのだが俺が認識していなかったのだろう。 確かこれは高校の時に読んだはず。しかももっと薄かったような。 今ペラペラめくっても内容が思い出せない位昔。 でも題名は覚えているし・・・ とにかく机の上にあったのだ(今は本棚に戻したが)。 相変わらず(とはいっても覚えていないのだが)面白いのだ。 レールモントフ:現代の英雄 って、何でレールモントフの全集が俺の部屋にあるのだ。 (ああ、確か不意に入った古本屋でいきなり置いてあったんだよなあ。 『誰も買う人いないだろうから更に半額で良いよ』って売ってもらった) この手法を借りて、当初加藤英雄無頼控えを始めたと思う。 ただ彼はぺチョーリンのように猜疑心に溢れつつも果断で強烈な行動力と高度な知性をもっているわけではなく、その本性は天災(天才ではない)である。彼の気分に沿わないモノは、当たり前と思っている法や良識など無視して吹っ飛ばされるのである。更にはその枠外に暮らす者ですら、「まさか」といわざるを得ない方法で吹っ飛ばされるのである。 虚無や死が側にいるという点でぺチョーリンと加藤英雄は似ているが、レールモントフはその自らの予言とおりに27歳で決闘で死に、加藤英雄は今もどこかで生きている風で終わった。 帝政ロシアの反逆者と緩い天皇制日本の反逆者の違いか。 俺はレールモントフではデイモンが好きだ。 この話をする相手は高校当時の現代国語の先生だった。 図書館で 「どこでその作者を知ったの?」 「本の中にあったんですよ」 「いい読み方していのね。探してあげるわ」 と、奥の蔵書庫に本当にあった時が二人でビックリした。 コピーなど知らない俺。レールモントフの詩を全部書いた。 「俺が触れた人間は皆不幸になる。俺がそうしようと思わなくても結果そうなってしまうのだ」 いや わたしはバイロンではない まだ世に知られていない選ばれた人間なのだ かれと同じく世間から追立てをくらった放浪者なのだけれど ただロシアのこころをもっている人間なのだ ひとより早く始めたわたしだから ひとより早く世を終わるだろう わたしの知力では 多くの仕事はできはしない わたしの胸のなかには ちょうど海の底のように打ち砕かれた希望の重荷が沈んでいる 陰気な海よ 果たして誰が おまえの秘密を知ることができるだろう? はたして誰がわたしの思いを人びとに伝えてくれるだろう? わたし自身だろうか 神さまだろうか それとも誰もいないのだろうか! 青みたる狭霧《さぎり》の海に ただ一つ浮かべる白帆…… 遥《はるけ》けき国に何をか求むる はたふる里に何を棄て来し 波ははたむれ、風はうそぶき 帆柱はたわみつ軋《きし》む…… あはれこの船幸《さち》を求めず また幸を否むにあらず 下なる水は空より碧《あお》く 上には黄金の日に充てり 狂へる舟は嵐を乞ふなり あはれ嵐に安らひありとや チェチェンの人が好きなんだってな。 なぜかその頃詩に被れた。 そうそうバイロンなんか好きだった・・・が、それがバレるのが嫌だったんだな。 そもそも音楽部で合唱をやったのも、あの過酷な筋肉トレーニングがあったからだろう。 文学や芸術が好きでも、軟弱と決め付けていたんだな。イーネスなんかなあ・・・ バイロンも36歳で革命の中で死んだ。 チャイルド・ハロルドの巡礼 名は覚えている。どんなのだったかな。 何か英語で書いた気がする(やはり手書きか)。 我は世を愛さず世もまた私を愛さず 彼らの臭い呼吸のまえに諂ったこともなく 彼らの偶像の前に恭しく膝を屈したこともない 心にない笑みを頬に浮かべもせず うつろな木魂を崇めて高らかに叫んだこともなく 我人群れの中にありながらその仲間とは扱われなかった 彼らと交りながらただ独り立てり 蔑めば屍衣のように人と異なる思想を身にまとい 今もなお というぺくは、あまりに心屈して汚れた我だが 我は世を愛しなかつた世もまた我を 所詮、敵ならばいさぎよく袂を別とう だが我は信ずる 彼らには裏切られたが 真実ある言葉、欺きえぬ希望があり めぐみ深く過失の穿を造らぬ美徳があると また、人の悲しみを心から悲しむものもおり 一人か二人かは、見かけと変わらぬものもあり 善とは名ばかりでなく 幸福とは夢でないと あいつ、誰だ?あいつ・・・ランボー 違う違う。「あいうえお」だ「あいうえお」・・・ほれ?ほれ!茶太郎さん、ほら?! Aは黒、Eは白、Iは赤、U緑、O青よ、母音らよ、 何時の日かわれ語らばや人知れぬ君らが生い立ちを。 銀蝿の毛ばだてる黒の胴衣よ・・・ またEは靄と天幕の純白よ・・・ Iは緋衣、喀かれし血、怒りに或るは 悔悛に酔う人の、美しき朱唇の笑い・・・ さてUは周期なり、緑なす海原の神さびしわななきなり・・・ 堀口 大学 作詞 清水 脩 作曲 2007年 第60回定期演奏会より 合唱 :九州工業大学 メンネルコール+OB 指揮 :中山 敦 泣き笑いして 我がピエロ 秋じゃ 秋じゃ と歌ふなり Oの形の口をして 秋じゃ 秋じゃ と歌ふなり 月のようなる おしろいの 顔が涙を ながすなり 身過ぎ世過ぎの ぜひもなく おどけたれども 我がピエロ 秋はしみじみ 身にしみて 真実 涙を 流すなり 俺も歌った。 なんだ今日の俺は 明日、ハルコさんが亡くなって4年になるんだな。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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