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カテゴリ:そんなこってす
秋である。 夕方になったと思ったらすぐに暗くなってしまう。 “秋の日はつるべ落とし”とはよく言ったものだ。 久しぶりに昔の話をしようと思う。 何かの所用ができて、帰省した。 今日と同じような秋の日だった。 山の稜線をくっきりと浮かびあがらせている夕陽が、 急ぎ足で沈もうとしていた。 バスを降り、潮のにおいを孕んだ郷里の空気を吸うと、 急にF子に会いたくなった。 画学生だった私はその頃、具象画からの脱皮を図るべく苦しんでいた。 進むべきか、退くべきか・・・。 F子なら、私の背中を押してくれるはずだ。 初めて会ったのは、前年の夏に帰省した時のこと。 F子は私の絵を展覧会で見たことがある、と言った。 彼女が見た中で、一番感動したという絵は、 6号サイズの小さく地味な、あえて言えば通好みの作品だった。 まだ高校生だったF子の鑑識眼の高さに、私は舌を巻いた。 それから手紙のやり取りをし、帰省の度に会うようになった。 当初、F子の私に対する感情は憧れのようなものであったが、 一年経つうち、もっと別の感情を抱くようになっていた。 そのことに気づいてはいたが、 私にとっては、あくまでも妹のような存在だと。 それ以上でも以下でもない関係、のはずだった・・・。 その時の帰省は急だったため、会う時間もないし、連絡をするつもりもなかった。 バスを降りた私は、実家に向かって歩き始めた。 前を見ると、誰かがこちらに向かってくる。 とっぷりと日は暮れて、黒いシルエットしか見えない。 そのとき、車が何台か通り過ぎ、 ヘッドライトが辺りを明るく照らした。 私は思わず息を呑んだ。 たった今、会いたいと思ったF子がそこにいた。 彼女は驚く様子もなく、照れるように笑った。 そして、口だけがひっそりと「コンニチハ」と動いた。 「今日は会える、そんな予感がしてたから・・・ 人影が見えたとき、すぐにLeleさんだって分かった。」 お茶を飲みながら、F子はそう言った。 予感が当たったからなのか、 いつに増して嬉しそうだった。 クルクルとよく動く大きい瞳、 小さな泣きボクロ。 冬の陽だまりのように、彼女の周りだけぽっかりと明るく見えた。 私はその時初めて、F子を愛してみようと思った。 二人の物語はここから始まり、2年ほど続くことになる。 今日と同じような秋の日のことである。 数えてみると、32年も前になる。 あの時偶然にせよ会えなかったら、 その物語は、生まれなかったはずだ。 その物語は今、私の心の中にのみ存在する。 今にして思う、 F子の明るさに、私はどれだけ救われたことだろう、 子供のような無邪気さに隠した、凛とした強さ・・・ 私は彼女から学ぶべきものがたくさんあったはずだ。 ・・・F子は私の尺度だ。 今でも私は、彼女に問いかける。 君に恥ずかしくない生き方をしているだろうか、と。 私はあと幾度、同じ思いを持ち、 秋を迎えることができるだろう。 いずれにせよ、秋である。 まぎれもなく、秋である。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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