カテゴリ:●読書
予想したように「螺鈿迷宮」に姫宮アンシーが登場してしまいました。この作者、自分と同じ20世紀少年世代だから、脳内はどうも子供の頃にマンガやアニメで洗脳されてしまっているようだ。だから小説と思わずに絵の無いマンガのセリフを読んでいるのだと思うとしっくりとくる。1作目のバチスタは、理論的に事件を解決していくが、それも僕にはギャグ・マンガとしか思えない。それに、主人公の理論も、「理論」という言葉を「頭の体操」で有名な多胡さんの心理学に変換したら、特に珍しいものではないように思う。例えば「つまり」や「おそらく」という言葉が文中にあると、いかにも理論的な響きがあるように錯覚させる技みたいなものだ。1作目の「チーム・バチスタの栄光」は、受け狙いのギャク・マンガ路線を前面に出し、主人公の白鳥圭介の理論の紹介を兼ねて犯人を追い詰めていくのでわかりやすい。こういった、主人公が自信の理論を最後まで通したものは単純でインパクトが強く、万人受けするのだろう。現実的にオーバーすぎる性格も、マンガだと思えば抵抗無く受け入れられる。 たぶん、僕の場合は1作目「チーム・バチスタの栄光」から読んでいたら2作目は読まなかったかもしれない。なぜなら、小説にギャグ・マンガを求めていないからだ。ところが、運良くというのか、ドタバタ・ギャグ場面が少なくてシリアスな2作目の「ナイチンゲールの沈黙」から読んだので、この作家が好きになってしまったのでした。「螺鈿迷宮」は、ほどよいギャグを入れてバランスが良い。こちらは、戦前からある古い病院が舞台となっているので古典推理小説のようだ。病院は、戦中は帝国陸軍の施設になっていた歴史もあり雰囲気が好きだ。読者の世代によっては、なんとも思わないであろう古びた洋館も、読者の年齢によって捉え方が違ってくるのも本のおもしろさだ。インターネットで読者の批評を見てみると「ナイチンゲールの沈黙」は、どうも人気がないようだ。僕にとっては、ドタバタ・ギャグが少なめのほうがおもしろい小説に思えるのだが、ブログに感想や批評を書いている多くはそうではないみたいだ。たぶん今は、文章のみで主人公の姿を想像する楽しみがある小説と、姿が明確なマンガの境目などは必要ないのかもしれない。 しかし、メガネをかけた姫宮アンシーぽいキャラまで登場させ、彼女が車を運転する姿もいかにもマンガっぽく、舞台となる古い病院には「少女革命ウテナ」と同じようなガラス張りの薔薇の温室まであるのだから、この小説はマンガ・アニメのオマージュか?と思ってしまう。 次は、田口・白鳥シリーズ第3弾「ジェネラル・ルージュの凱旋」が楽しみだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Nov 16, 2010 10:37:23 PM
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