潮風の街から

[Ave Maria] Biliana Vuchkova (Violin)

小説は、読者の今までの人生や経験、過去に読んだ書物のジャンルなどによって、人それぞれ感想が異なってくると思う。感動も人それぞれ。最近夢中になっている海堂　尊の医療ミステリー？で、僕が途中で嫌な気分になった「ナイチンゲールの沈黙」。メインキャラの浜田小夜という看護師の転落劇ともいえる内容に途中嫌な気分になったり、混乱させられた本も珍しい。最近、純文学など読んでいないから転落慣れしていなかったのかもしれない。この浜田小夜は中学生の時に両親を亡くしたため、父の友人であった桜宮病院院長の養女となる。その恩返しとして看護学校へと進んだのだと思うが、もし両親が健在だったら好きな歌の方へ進んだのだろうと思うと同情してしまう。怪しいウワサのあるその桜宮病院で彼女が何を手伝っていたのかというのは「螺鈿迷宮」でわかる。看護学校では桜宮病院の養女ということでイジメにあい、卒業後、東城大学医学部付属病院に勤務。この本のストーリーでは看護師２年目、小児科病棟に勤務している。性格は真面目で学力は優秀だが生きた人間の手術は苦手らしい。普段は、仲の良い同期の看護師の後ろに隠れるような彼女だが、アヴェ・マリアを歌う時には、その歌声で人々を感動させ、さらには映像イメージまで聴衆の脳裏に見せてしまうという特殊な声の持ち主。小児病棟では患児に慕われていて子守唄をせがまれることもある。これが、メインキャラ・浜田小夜のおおまかなプロフィール。

「ナイチンゲールの沈黙」は評価は低いらしい。そういった読書感想・評価をブログに書いている人は、ミステリー小説が専門で年間何十冊も読んでいる読者だと思う。そのためか、他の小説との比較が多く、その人の知識量には拍手を送るが、本を多く読むことだけを目的とした活字中毒的な状態や読まなきゃいけないという強迫観念になっているのではないかと心配にもなる。確かにミステリーとしてはイマイチだけれど、浜田小夜という看護師をメインキャラにしたところが、この作家を好きになった大きな理由だ。

読書中はアヴェ・マリアのメロディーが脳裏に流れ、そのため感動する場面が多かったのは僕だけではないはず。逆に評価を低くした読者は、アヴェ・マリアが脳裏に流れなかったのだろうと思う。ちょっと前にも書いたが、グノーのアヴェ・マリアを聴くと反射的に涙腺が緩んでしまう。だから、物語最初の小夜が歌うシーンは「サンタ・マリーア♪」を繰り返し歌う部分と、最後に静かに「アーメン…」で終わるシーンが浮かび、しょっぱなから鳥肌が立ってしまったのでした。このシーンでは、歌を聴いていた同僚たちが脳裏に描かされたイメージは聖母マリアであったこともポイント。また、入院患児に子守唄を歌うシーンからは、頭の中はシューベルトのアヴェ・マリアに変化していった。グノーだと、歌の盛り上がり部分で子供が驚いて目が覚めてしまうと思ったからだ。他にＭＲＩで患児を検査中に彼女がアヴェ・マリアをを歌う感動的なシーンでは、病院関係者が検査中の患児の母親の姿をイメージしたという表現がある。ここまで、アヴェ・マリアのメロディーを前面に出しているので、このメインキャラが出る場面にはグノーとシューベルト両方のアヴェ・マリアの歌またはメロディーで満ちながら読んでいたのでした。ところがそんな感動的な気分をいきなり壊されてしまったのだった。それは、アヴェ・マリアのメロディーが脳裏に流れている時に、いきなり男に乱暴されるシーンはかなりショックであった。

僕と同じように、アヴェ・マリアの曲にこだわった人や読書中にメロディーが聴こえてきた人はいないかと探したが、見つからなかった。でも、中にはこの「ナイチンゲールの沈黙」が好きですという少数派もいて、ミステリーではない何かをこの本から感じたのかなと思うとうれしくなった。この本を読むと、海堂尊という作家が実は何を書きたいのかというのが、見えてくるような気がするのです。