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カテゴリ:砧地区の若者達
●砧地区の若者達●
今日は、最近の若者達の遊び場について考えてみましょう。 私達が巡回していて一番感じることは、東京では若者達が自由に遊べる場が、余りに少ないと言うことです。例えば、小学生も広場でバットを使用することが許されません。当然、野球などのゲームを楽しむことが出来ません。 一昔前なら、どこの広場でも夕刻まで子供達の嬌声が響いていたものです。 サッカーにしても同様で、シュート練習などは禁じられております。 蹴ったボールが、隣家に飛び込んだり、怪我をしたり、彼らの発する声がうるさいからという理由です。 東京から広場が消失して久しい訳ですが、本来、子供達はこうした遊びの中からチームワークや仲間と何事かを成し遂げた時に感じる達成感を学び、精神の涵養を高めていった訳です。 それらを学ぶべき人生の年代があるように、私には思えます。 その大切な人生の時に、昨今の怪我や事故を恐れての禁止制限の多い風潮の中で、若者達は若くして彼らの欲望や行動を封殺され、行き場の無い袋小路に追い詰められているというのが、現状ではないでしょうか。 子供達が誰に迷惑をかけることも無く自由に遊べ、フラストレーションを解放出来る場を創出することは、彼らの精神形成の上に於いても真っ先に必要なことだと思います。 現在、65歳以上の年齢の層が、国民の5人に1人にまで達しております。 社会に柔軟性が欠け、益々活力が乏しくなってゆくことは、誰の目にも明らかなことでしょう。 私は、以前「若者の街」「老人の街」を提唱したことがあります。 老人と若者達の行動半径、並びに行動パターンは明白に違うのです。 言うまでもなく、体力的な差異は説明の必要もないでしょう。 まずは、その差異の認識が必要となります。 例えば、老人と若者の時間というものを考えてみましょう。 大半の老人にとって、時間は流れてゆくもの。 反対に若者にとって時間とは、創出してゆくもの。 こんな状況に出会ったことは無いですか? 狭い道の真ん中を、老人が右に左に体を揺らしながら、ゆっくりと歩いております。その後ろを時間に追われた青年が、追い越すことも老人をどかすことも出来ずに苛々して、唇を噛んでおります。 これは、どちらが悪いと言う問題ではなく、老人と若者との時間に関する観点と反射神経及び体力の違いを赤裸々にした事象にすぎません。 老人には、その速度でしか前に進むことが出来ないのです。 本人は、必死で頑張っているのです。 しかし、そのことが時間に追われた若者に、本人の認識無しに迷惑をかけている。 難しい問題です。 これを冷静に判断すれば、どちらが悪いのでもなく、住むべき世界が違うのです、そう言わざるを得ません。 これからの日本という国の行く末を考えた時、若者と老人の共存は当然必要となります。が、私は今のような渾然一体となった街のあり方が正しいのか? それには疑問を持っております。 今、必要なものは、若者達が誰に迷惑をかけることなく、青春を謳歌できる場を創出してゆくこと。 今後の日本国に活力を蘇らせる為にも、 行政には、そうした場の創出を望みたいと考えております。 私「ブログで写真を載せたいんだけど?」 全員 「俺はやばいから嫌だよ!お前、ドラエモン被って載れよ!」 ドラエモン 「えっ!?俺すっか!?」 ドラエモン 「ほんじゃ、僕、ドラエモンです。・・・・これで、いいすか?」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Sep 22, 2005 03:39:43 PM
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