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カテゴリ:不思議
一輪の心 はにかんでいるような、それでいてあたかも微笑んでいるかの様に庭の片隅でひっそりと一輪の水仙が咲いた。 どこにでもある極めてありふれた花なのだが、 この水仙は私にとって特別な存在なのだ。 厳しい状況の中を生き抜いてきた貴重な存在なのだ。 特別な存在である君の事を、今、私は語ろう。 私の家の隣の教会が保育園を解体し、その跡地を駐車場にした。 石を敷き詰め、それを固めた駐車場だ。 最初、君はその石の隙間から顔を覗かせた。 君は私が朝、窓を開けるといつも私は目の前にいた。 周囲は完全に石で固められていたが、その僅かの隙間をぬって君は現れたのだった。 こんな厳しい状況の中から這い出してきた君の逞しい生命力に、私は一種感動さえ覚えた。 暫くすると君は白い花を咲かせた。 それは極ありふれた水仙の花だ。 が、広い駐車場の中に。たった一輪の水仙の花が咲いたのだ。 それは私が雨戸を開けると、いつも目に飛び込んできた。 正直言って、私は君に特別な感情を抱くこともなかった。 そう、初めは「よくこんな処から出てきたものだ。」 と感心はしたが、君に特別な思いは感じなかった。 「いつか車に踏みつぶされてしまうのだろうなぁ・・・」 微かに心配はしたが、 そう思いながら、毎朝君を観ていた。 その水仙は雨に打たれ、車に泥を掛けられながらも、懸命に咲いていた。 運よく車の下敷きになることはなかった。 いつの日か、私は雨戸を開け君の姿を確認すると、「ああ、今日も無事だった・・・」 と安堵するようになった。 ある大雨の翌朝、 窓を開けると、君は花を散らし泥の中に横たわっていた。 車の轍の跡が、君の数センチの場所に深く刻まれていた。 危うく轢き潰される所だったのだ。 「可哀そうに・・・」 私がそう感じた時、 「助けて!」 私は微かにそんな声を聴いた。 いや、聴いた気がしただけかもしれない。 その時、私はいてもたってもいられなくなった。 すぐに教会の人に頼んで花を譲り受けることにした。私は、君を掘り起こすことにしたのだ。 固められた敷石から君を掘り起こすことは難儀なことだった。 スコップが思うように土の中へ入らないのだ。全体重をスコップに乗せるのだが、これは容易なことではなかった。 やっとの思いで、私は君を球根から掘り起こすことが出来たが、この時私は腰を痛めてしまった。 そして、ぐったりとし雪崩れた君を抱えると、自宅の庭の片隅に植えた。 なんとか元気にさせようと思い、栄養素をたっぷり与えてみた。 が、残念なことに、それから間もなく君は枯れてしまった。 あの厳しい現実の中から這い出し、見事に花を咲かせた貴重な存在である君は、 死んだのだ。 死んだものと私は思っていた。 その後、私も日常の慌ただしさの中で、すっかり君のことを忘却していた。 今、春が来た。 信じられないことに、 その君が、長い冬を乗り越え、今、 こうして庭の片隅で花を咲かせたのだ。 私は感無量だった。 長い長い冬を生きて耐え抜いた、 雪に覆われた長い月日、寒風が吹きすさび、冷たい雨に打たれながら全く姿を見せず、地中深くで耐え忍び、春の訪れをじっと待っていた。 今、春が来て、君は私にその美しい姿を見せてくれた。 木々の隙間に隠れるように、恥じらう様に・・・ 美しい姿を見せてくれた。 生の不思議を考えながら、 君の姿を見つめていた時、 一陣の風が吹いた。 そして、 「ありがとう。 ・・・・今年もこうして咲くことが出来ました。」 私はそんな声を聴いた気がした。 ありとあらゆるものに魂は宿る。 一輪の花にも、やはり魂が宿る。 たとえ存在が消え失せても、魂は再び蘇る。 私にはそう思えるのだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Apr 23, 2017 12:49:29 PM
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