|
テーマ:ショートショート。(573)
カテゴリ:Stories
アフター・ファイブ用のシャドウとルージュも持ってきた。 華奢なヒールのミュールもロッカーのなかにある。 「お疲れさまです。お先に!」 いつもは儀礼的な挨拶も今日はゴムまりのように弾む。 オフィスの近所のデパートの化粧室で身支度を整え、 足元は小躍りするように軽い。 膝丈のドレスの裾が歩くたびにゆらゆらと揺れる。 待ち合わせのホテルの30階のバーに向かうと、 彼は既にマティーニを呑みながら、バーテンダーと何やら話をしていた。 彼は私に向かって手を軽く挙げ会釈をしながら席に誘導する。 「やあ、今日はまたやけに綺麗だね。」 「それはそうよ。女性は恋をすると奇麗になりたいものよ。」 「ピンクのモエでも開けようか?」 カウンターの上にシャンパン・グラスが二つ。 バーテンダーがグラスに注ぐと、 細かい泡がピンクの液体のなかではじけてる。 「それでは、今日のきみのピンクのルージュの為に乾杯。」 「こちらこそ、そのキザなセリフに乾杯。」 シガレットケースからメンソールの煙草を取り出すと、 さりげなく、彼は火をつける。 彼の動作には無駄がない。 「残念だね。折角の夜景が曇りで見えないな。」 「まあ、美しい女性を目の前にして夜景は目に入らないけど・・・。」 こういうセリフも彼が言うと嫌みに聞こえないから不思議だ。 「言うわね、相変わらず。」 ついつい彼のペースに乗って笑ってしまう。 「ところで、そのダイヤの指輪を外してくれないかな。」 指輪を外すと彼はその指輪を私のシャンパングラスに沈めた。 「これで、モエもドンペリなみかな。」 「知ってる?ダイヤモンドよりも硬度が高い宝石って?」 「ダイヤが一番硬いわよ。」 「それがね、違う。」 「ブルーサファイアはダイヤよりも割れないんだな。硬度で見てはいけない。強いかどうかだな。」 「はい。これ。」 「何?」 「ブルーサファイアの指輪。」 「絶対にシャンペングラスには沈めないで欲しいな。」 「ブルーサファイアの言葉は・・・誠実、慈愛。」 思わず、涙が溢れた・・・。 「そういうことを平気で言うから、もう!」 「大丈夫。外は曇り空。もうすぐ雨も降る。」 「雨はよく降るが一年を通せば、晴れの日の方が多いから。」 「僕と会う時はブルーサファイアをつけて欲しいな。これからは・・・。」 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2006.01.30 11:54:44
コメント(0) | コメントを書く
[Stories] カテゴリの最新記事
|