|
カテゴリ:蝉が怖い
来たか!...これは演習ではないぞ。。 眠れない一夜を明かしつつ...出勤の途についたのだが... 玄関を出て5mも歩かないうちに蝉の唐揚げ...ちっ違う...抜け殻を 発見する、アドレナリンの数値が一気に増大させながら平静を装いつつ先を急ぐと 5分も歩かないうちに足元から茶色い飛翔体が...ぱたぱたたたた♪... と行き成り飛び立つ...ギャァァァ----♪雀かよ!夏場の雀は黄色く塗っておけと言いたいぞ しばし歩いて漸く哲学堂公園付近に到着!ここまで来れば着いたも同然だ。 さらに雀が一羽飛来すると自分の肩を掠めて前方の桜の木の幹に垂直に着陸♪ 雀?が桜の枝ではなく?幹に?垂直に着陸? 雀じゃないの? じり♪じりりりりり-----ん♪ ぎゃおぅ♪ 初蝉遭遇でした。。蝉画像は借り物です...怖いのばっかりなので... 本日遭遇したセミ達♪油蝉×2みんみん蝉×4♪ 「蝉が怖い」でネット検索をしていたら余りにも面白いので! 単なる引用はプライドが許さないのだが...あえて!初代歌舞伎役者の中村勘三郎氏に関する物だが、同氏も蝉が苦手で知られる。。 弾より蝉が怖いです。 昭和十八年の夏、先代勘三郎は総勢二十人を連れて、南京の日本軍を慰問した。 たとえ戦地の仮小屋でもレコードで踊るのはイヤだと申し出て、 役者だけでなく長唄囃子連中も連れていったのだ。 その年の七月に東京は「東京市」から「東京都」に変わったばかりだったから、 「東京都」と書かれた慰問団の旗を見た兵隊のひとりは、 「ヒガシ・京都とは、いったいどこでありますか?」と尋ねたそうだ。 で、南京の野外、ライトを浴びて踊るときに、その照明をめがけて カナブンやら蝉が飛んで来る。勘三郎は、蝉が大の苦手である。 道成寺を娘姿で踊っている勘三郎は、蝉が顔の近くに寄ってくると、 踊りを放り出して逃げてしまう。客席の兵士たちは、それを笑って、 「そっちへ逃げるな、弾が飛んでくるぞ~」 と声をかけた。すると、勘三郎は、すかさず 「弾よりも蝉が怖いです」 さらに、慰問から帰るという当日、軍人がマイクを差し出し 「これで話すと前線まで聞こえるから、何か言ってみなさい」 と言う。勘三郎は、京橋の印刷屋だった瀬味次郎なる友人が中国へ来ていたのを思い出し、 「お~い、瀬味ちゃ~ん、聞こえるか~。生きてるなら、会いに来い、待ってるぞ~」 と思いを込めて叫ぶ。と、軍人が冷やかした。 「なんだ、セミは大嫌いのくせに」 Wa-Geiさん処から引用させて頂きました。 関 容子「中村 勘三郎楽屋ばなし」より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[蝉が怖い] カテゴリの最新記事
|