テーマ:心の病(7246)
カテゴリ:Å氏との関係の問題
クルマに乗って、梅田を目指し、国道2号線を東へ向かった。 途中、三ノ宮を通る。 旧居留地の前を通り、懐かしさに気持ちが揺れた。 かつて愛したひとと、何度も何度も訪れた街。 会話まで覚えている。 入ったショップも、コーヒーを飲んだショップも。 誕生日プレゼントに、ヘンリーコットンズのセーターを買ってあげて、愛用してくれたのも。 クリスマスの日に、少年少女合唱団がクリスマスソングを歌っていた光景まで、目に浮かぶ。 ルミナリエも、ここが舞台で、毎年通った。 ルミナリエの終点の公園の前も通り、ある年にはケンカしたのも思い出されて、胸が熱くなった。 もちろん、そういう話はしない。ただ、懐かしいとだけ、話をした。 夕ご飯を食べようという話をわたしから切り出し(エスコートのヘタなオトコだ)、 クルマがあるから、ファミレスあたりで…と、提案した。彼も承諾。 尼崎あたりで、ようやくデニーズを発見して、入った。 彼は、鍋の他に、野菜炒めや牡蠣フライや焼き牡蠣など大量にオーダーし、 わたしはハンバーグを食べた。牡蠣フライを1個だけ頂戴した。 会話は、彼の一方的な話。その内容も、毎日の生活のパターンの話。 どんなふうに料理を作っているとか、洗濯をしているとか。。。 それはいいのだけれど、それだけで、全く広がりがなかったので、閉口した。 彼には悪いが、途中から、聞き流すことが多かった。 おのずと、相槌も、固く暗い調子になり、会話はにぎやかな一方通行で、全く弾まなかった。 帰りのクルマの中では、 彼は、別れた奥さんと、どういうふうな暮らしで、どう別れたか、ばかりを話していた。 わたしと将来性のある付き合いを考えているならば、しないような話だ。 『仕事が忙しくてすれ違いになり、理解してもらえなかった』と、奥さんのせいにしていた。 仕事が忙しい旦那さんの居る家庭は、ごまんとあるだろう。。。 うまくできなかったのは、コミュニケーションが、取れていなかったということだろうし、 奥さんのせいばかりではないだろうに。 今になって思えば、なんでも人のせいにする性格なのだと理解する。 梅田に近づき、福島のあたりを通り、これも懐かしくて胸がいっぱいになった。 大学生の頃から付き合っていた彼が、福島に住んでいて、よく通った街なのだ。 いちばん、キラキラ輝いて、満たされていた頃だ。 そのあと、その彼にプロポーズされて即答で断り、音信不通になり、 ミレニアムの年に、北海道のキロロスキー場で、全くの偶然に再会し、無視された、、、 という、苦い恋だ。 西梅田のハートンホテルがその日の宿だった。 近づくにつれ、『俺も泊まろうかな』と、小さな声で、2回言われた。 きっぱり『ダメです』と言って断ったが。 いやらしさで、反吐が出そうになった。 この日、1日、 値切られたり、沈黙が続いたり、一方的に話されたり、離婚した話を聞かされたりしたのに、 最後はコレか、、、と。 荷物は、嫌々降ろしてくれた。 わたしが降ろすまで、ドアを開けて出てもこなかった。 ホテルの中までも運んでくれることもなく、車の前でさよならだった。 大量の荷物(ダウンコートやら、友達へのお土産やら、DFSでの商品やらでいっぱい)を、 ひとりでフロントまで運んだ。 チェックインして2Fの部屋を割り当てられたので、できるだけ高層階に、とお願いし、 JRの線路が見える(なんとなく嬉しい(*^ ^*)ノ)上のほうの部屋を取ってもらった。 部屋は良かったのだけれど(いつもの宿だし)、ベッドのスプリングがへたっていて、 寝苦しいだろうと思い、残念だった。 Blogならclick! お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008年01月31日 09時51分07秒
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