【極貧】ワーホリ生活その13
朝食を取り終わって、くつろぎながら今日の計画を考えた。パシフィック・フェアーで彼女と落ち合い、買い物と映画(そしてバーチャ・ファイター)を楽しんだ後、サーファーズ・パラダイスのワーホリ協会までバスで出向いて新しいフラットの情報収集でもしてみようか…その後にゴードンのフラットへ戻り、できれば彼女を泊めたいと思った。一人でこのフラットにいるのは気がめいる。そんなことを考えていると、突然、玄関のドアが乱暴にガチャガチャいいはじめた。私はまた柄にも無くビビって飛び上がった。この時間に来客?自分への客のはずがないから、ゴードンに用があるに違いない。もしそうなら、彼の部屋をノックして、まだ寝ているはずの彼を起こすというとんでもない役割がまわってくることになる。彼を起こしてしまったら、起きたついでにリビングのソファーでまたグデグデし始めるかもしれない。彼が起きたら、また私は隅のわずかなスペースに追いやられてしまう。もしくは乱入者かな、そんなことはないと思いながらも、オーストラリアでも押し込み強盗などあると聞いていたから、私は思わず身構えてしまう。しかし、鍵をかけてあったドアが壊されること無く、しっかりと鍵で開錠されて開いたドアから現れたのは今度もゴードンの姿であった。そう、そもそも来客ならノックするのが普通だろう。私はゴードンがこんなに朝早く起きて、しかもいつものよれよれのタンクトップにずり落ちそうな短パンといういでたちで突然外から戻ってきたことにも驚いたが、同時に彼が裸足なのにも驚いた。しかも玄関先で足についた砂を払い落としている。確かにサーファーズ・パラダイスでは若者だけでなく年配の人も、普段から平気で裸足で道路を歩いているし、レストランやマクドナルドにも水着のまま、靴も履かずに裸足で入っていく。しかし、ゴードンがそういった類の人間だとは思っていなかった。「あ、おはよう。もう起きていたんだね。いやぁ、あまりに気持ち良い朝だったからさ、砂浜を歩いてきたんだ」ゴードンはすっきりした顔で、玄関から差し込む太陽をバックに輝いている(笑)。ゴードンもウォーキングなんかするんだな、と私は関心した。ゴードンが起きていたのか、という私の失望をよそに、彼はそそくさとシャワーを浴びに行くと、ものの数十秒で済ませ、それから冷蔵庫を開けて果汁100%のドリンクをボトルからそのままひと飲みすると、「じゃぁ、また休むから」といって部屋に引き返していった。私はとりあえずほっとした。このフラットにきてから、少しずつパラノイドが進行しているような気分にさせられる。私は驚かされたこともあり、もうくつろぐ気分にはなれなくて、そそくさと支度を始めた。ゴードンが入った後のシャワールームの床は砂だらけだった。時は4月。日本ではまだ長袖でも肌寒い季節だが、オーストラリア、得に沖縄と緯度が赤道をはさんでだいたい反対側のところに位置するゴールドコーストは、この季節でもゴードンのような薄着で十分快適に過ごせる。日本を経つ前は、夏物は現地で買えば良いと思っていたが、予想以上の暑さで、私の持ってきた春物衣服のうちほんの少ししかまともに着られるものがなかった。そもそもこちらに来てから、長袖を着ている人間をスーツ姿のサラリーマン以外で見たことがなかった。そもそもオーストラリアの人は本当にカジュアルで、ブリスベン空港からゴールドコーストへ向かうバスの途中、道路工事をやっていた作業員がみな短パンでヘルメットもかぶっていなかったのを見て驚いたものだ。私は彼女との待ち合わせ時間に間に合うよう、十分な余裕を持って徒歩でパシフィック・フェアーに向かった。ぜいぜい長くても2キロだろうと地図から見積もっていた。2キロなら30分も歩けば着くはずだ。早すぎるくらいの時間に到着してしまっても、バーチャファイターをやっていれば全く苦にならない(笑)。はるか遠くにてっぺんだけ見えるコンラッド・ジュピターズカジノホテルを目印に、ゴールドコースト・ハイウェイから一本東側のわき道を北に向かって歩く。こうやってのんびり歩いていると、日本とは違う、広い庭のある平屋の家並が道の両側に並んでいて、今まさに海外で生活していることの実感を与えてくれる。小さな教会もあるし、プール付の家も珍しくない。ヘンリーの家だって、あのおんぼろスバルとは不釣合いな、裏庭いっぱいの大きさのプールがあった。庭先に生えている木々には、日本では沖縄以外ではあまり見かけないであろう亜熱帯植物も混ざっていて、南国にいるかのような気分にさせてくれる。現地の人にとってはなんでもないそういった風景を堪能しながら、コンラッドホテルのてっぺんを目指して歩いてからかれこれ30分近く経つが、あのてっぺんのとんがっているところが一向に近くならない。おかしいなと思いながら地図を広げて、今歩いているストリートの名前と照らし合わせてみる。すると、確かにもう2キロほどは進んでいるが、パシフィック・フェアーまではまだ半分も到達していないことに気づいた。日本にいる時は車とバイクばかりだったから、こうして歩いてみると、距離とそれに必要な時間の感覚が鈍っていることがわかる。これではパシフィック・フェアーまで合計で1時間ほどかかるかもしれない。よくよく地図を見直してみると、自分が実は「BROAD BEACH」と地名が書いてある位置からパシフィック・フェアーまでの距離を測っていたことがわかった。ゴードンのアパートはよくよく見ればもっとずっと南なのだ。これも車だったらさほど問題にならないが、歩くとなると訳が違ってくる。私は余裕を持って着くどころか遅れるかもしれないと思い、歩くスピードを上げた。コンラッドのてっぺんはだが少しずつ大きくなってきている。歩きながら、2つばかり公園を見つけ、またそのどちらにもバスケのゴールがあったのを見て私はわくわくした。多分今日の午後にでも、ここで若者がストリート3オン3をやっているに違いないと思ったからだ。英語はできなくてもバスケならそれなりにできるから、ちょっとしたお楽しみになるかもしれない。また時間のある時に遊びに来ようと思った。それからコンラッドがようやく目前になるまでに予想通り30分ほどかかった。そろそろパシフィック・フェアーへ続く道とハイウェイの交差点のあたりだと思ったところでわき道からハイウェイに折れる。予想通り、交差点まで数百メートルというところだった。ただ、問題なのは、パシフィック・フェアーに行くにはハイウェイを横断しなければならないことだ。しかし、ちょっと見た限りでは近くに横断歩道がない。かなり先の、パシフィック・フェアーに折れる交差点からさらに先に行ったコンラッドホテルの近くに横断歩道が見えるが、そこまではさらに500メートル以上ありそうだ。バスでしかパシフィック・フェアーに行ったことが無かったから、日本の感覚でどこにでも横断歩道や地下通路があって、こんな広い道路でも渡るのに問題はないと思っていたが、実際オーストラリアの道は都市部を除いて作りが雑で、道路の両側に縁石でガードされた歩行者道などなく、アスファルトを乱暴に敷き詰めた道路脇はそのまま草が生い茂っている。つまり、歩行者はその草の上を歩くしかないのだ。サーファーズ・パラダイス付近ではしっかりした歩道があるが、このあたりではハイウェイの脇を歩くのは正気の沙汰ではない。また車に轢かれる憂き思いをすることにもなりかねない。結局、ハイウェイをはさんで反対側のパシフィック・フェアーの城壁を横目で見ながら、わざわざコンラッドのすぐ下まで歩いていって、横断歩道を渡り、また手前の交差点まで戻って、パシフィック・フェアーのある側の歩道までようやくたどり着くことができた。余計に1キロ近く歩いたことになってしまった。(続く)