個人メモ =関税引き上げと通貨安~元安対抗にも限界あり~
中国政府は、600 億ドル分の米国製品について、6 月 1 日から最大 25%へ引き上げる報復措 置を発表。こうした制裁の応酬が続くと仮定した場合、同額同率の関税を掛け合えば対米輸入 額の少ない中国が,先に弾切れになるため、中国は通貨政策や各種許認可など貿易以外の論 点を視野に入れてくるだろう。市場で注目されるのは元相場の動向である。実際、5 月に入って からの人民元は下げ足を早めている。過去 1 年を振り返っても、米中協議に緊張感が高まった タイミングで人民元がまとまった幅で下落してきた。こうした動き全てを当局による意思と整理す るのは乱暴だが、10%の関税引き上げは 10%の通貨安で相殺することが可能である。「対米輸 入への課税」という手段が限られている中国からすれば、「既に課された関税を消す」という発 想は戦術として自然。しかし、経常収支の悪化する状況ではこのような一手にも限界はある。 ~弱体化する「リスク回避の円買い」~ 昨日は米中間における報復合戦が激化する中、株式市場を中心に動揺が拡がっている。昨晩、 中国国務院(政府)は現在は5~10%の追加関税が課されている 600 億ドル分の米国製品につ いて、6 月 1 日から最大 25%へ引き上げる方針を発表した。先週 10 日、2000 億ドル分の対中輸 入について 10%から 25%へ追加関税を引き上げたトランプ米政権への報復措置である。なお、そ の直後、トランプ政権は、かねてより宣言している約 3000 億ドル分の対中輸入に対し最大 25%の 追加関税を課す計画を正式に表明している。iPhone を含む携帯電話やノート PC など,いわゆる極力回避してきた消費財も直撃することになる。かかる状況下、NY ダウ平均株価は▲617.38 ドルと大幅下落し、本日の日経平均株価も 21000 円を断続的に割り込んでいる。だが、ドル /円相場に関しては 109 円が硬く、むしろ反発地合いである。やはり「リスク回避の円買い」が対外経済部門の構造変化により弱体化しているように思える。~関税引き上げと元安~ こうした制裁の応酬が続くと仮定した場 合、同額同率の関税を掛け合っていれば 対米輸入額の少ない中国が先に弾切れ になるため、中国は通貨政策や各種許認 可など,貿易以外の論点を視野に入れてく るだろう。市場で注目されやすいのは人民 元相場の動向である。5 月に入ってからの 主要通貨の対ドル変化率(4月 30 日~5月 13 日)に着目すると、最も上昇している通貨は円(+1.94%)最も下落している通貨は人民元 (▲2.09%)である。トランプ大統領が 2000 億ドルの対中輸入に関し 10%から 25%へ引き上げるこ とを表明したのは 5 月 5 日だが、やはりその時点から人民元は下げ足を早めている。昨日は一時 6.8752 と、約 4 か月ぶりの安値をつけた。過去 1 年を振り返ってみても、米中貿易協議において緊 張感が高まったタイミングで人民元がまとまった幅で下落したことが注目されてきた。一方、 昨年 12 月 1 日の米中首脳会談で協議延長に伴う追加関税の引き上げ先送り(3 月末までの 90 日 間)が決まった際、人民元は騰勢を強め、その後も合意近しとの報道を意識し堅調に推移してきた。こうした人民元相場の動き全てを当局による意思と整理するのは乱暴だろう。だが、10%の関税 引き上げは 10%の通貨安で相殺することが可能である。「対米輸入への課税」という手段が限られ ている中国からすれば、「既に課された関税を消す」という発想は戦術として自然であり、そのための最も手っ取り早い方法が自国通貨安となる。国有企業への産業補助金などもそれに類する一手 だが、まさにその点を巡って協議が拗れている現状を踏まえれば、表立っては取りづらいだろう。 ~しかし、「元安で相殺」にも限界~ しかし、ややこしいことに、2015 年 8 月(チャイナショック)の一件もあり、中国が元安を追求するに も限度はある。通貨の先安観が強まり、資本流出が制御不能な状態にまで強まった場合、株を中 心として国内の資産価格が激しい調整を迫られる恐れがある。そういった経緯もあり、昨年 11 月に は「1 ドル=7.00 元」の攻防が話題となったのである 。「1 ドル=7.00 元」に経済的な意味は全くない が、これを超えれば市場が騒ぎ、チャイナショックの再来、結果的には外貨準備を大幅に費消する ことに繋がりかねない恐れは確かにあった。本来、為替レートの変動は、需給が「主」で、レートは 「従」である。しかし、人民元の場合、政府の恣意性も影響する分、レート(ここで言えば元安)が「主」 となり、資本流出を引き起こすこともある。この時は需給が「従」となる。そして、資本流出(需給)自 体は当然、「主」ともなり、元安という「従」も引き起こす。一旦、この循環に入ると実弾(外貨準備)を 通じた決済ルート、流動性の引き締めを通じた金利ルートなど、あらゆるアプローチが必要になる。さらに心配なことは、現状では中国の経常黒 字減少、見通せる将来における赤字化と いう論点も浮上している(今年 4 月の IMF 世界経済見通しは2022 年の赤字化を予 想)。つまり、為替レートを本来規定し「主」 となり得る需給が元売り超過になりつつあ る。このような状況で政策的に人民元を押 し下げるにもやはり限度は出てくる。昨年 の中国における資本純流出入の状況を見ても、当局が余裕で構えていら れるほど、安定した資本流入が確保されているわけではない。このような状況を踏まえると、「米国による制裁関税→元安で相殺」という対応は有益ながらも、使用限度はあると考えられる。この点、中国にとっての救いはトランプ大統領自身が FRB に緩和圧力 をかけており、(その圧力が効いたのか定かではないが)実際にハト派傾斜を強めていることだろう。米金利は緩やかに低下しており、ドル相場が上昇しそうな雰囲気はない。米金利の上昇(とドル高) が抑制されていれば、ある程度は元安を展望することも可能になる。この点、FRBがハト派傾斜を 強めている背景にはトランプ大統領の主導する保護主義があることは滑稽である。結局、中国への 強硬策を採るほど、(米金利が低下するので)中国は元安へ誘導しやすくなり、追加関税の影響を 相殺しやすくなるという見方もできる。不毛と言わざるを得ない状況だが、家計や企業といった民間 部門にとって見れば「何が起きるか分からない」状況が半永久的に続く中で、リスク回避姿勢を強めざるを得ないことは間違いない。トランプ大統領は溜飲が下がるかもしれないが、結局、保護主義を 追求するほど実体経済が割を食う実情は否めない。 なお、これらとは全く別の論点にはなるが、そもそも米中協議の過程において人民元相場の安 定を巡っては合意が成立しているとの報道は多く、例えば 3 月 10 日には中国人民銀行の易綱総 裁が記者会見で「為替を巡って多くの重要な問題を議論し、双方は多くの重要な問題で認識が一 致した」などと述べていた。そう考えると、人民安が進むこと自体が協議の争点と化し、事態の混迷 を招く可能性は否めない。一度もつれにもつれてしまった糸を戻すのは容易ではない。主体性モデル反応性モデル 難しいけど、主体性を持って生きていこう ^^