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2006年12月13日
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カテゴリ:カテゴリ未分類
癒されて穏やかな気持ちでいるはずなのに解けないパズルをわたされたかんじでずっともやもやイライラしてた。
セッションの帰り道の車の中、信号はほとんど赤信号でひっかかるし
スーパーのレジで並ぼうとしたら、横はいりしてきたおばさんにマジで腹がたった。
何をするのも気力がわかず、情緒も不安定。
私は20代、30代とパニック障害を経験してる。
そのパニック障害が起きる前の不安感に似たような不安をずっと抱えてる状態。

トラウマはセッションで解決をする人もいれば、そうでない人もいる。
私はセッションで解決するタイプではないのかもしれない
もしかしたら私はセッションを受けても何も感じないタイプなのかもしれない。
昨日と今日では感じることや思い出すことも違うので
私はじわじわ効くタイプなのかもしれない。

このセッションで何も得られなかったと判断するのは、まだ早いかもしれない。
この事がきっかけで色んなことを考えたし
あたしの場合は他力本願ではなく自分の力で何とかしなくっちゃって事かな。
もし、このセッションですべてがクリアに解決したら、あたしはきっとヒプノセラピーに依存するだろう。


夜寝る前にパパにセッションを受けに行った話しをした。
そんな事にお金を使って怒られるかなって思ったけど、
パパはその事は追及せず、黙ってふむふむと私の話しを聞いてくれて、

トラウマを何かできないことの理由にして逃げ道にしてそのトラウマをより強くしてることもある。と思う。
自分だけで何とかしようと思うのではなく家族の力、ボクの力、娘の力を借りてもいいんじゃないの?

5歳の時に父に殴られたことは、父に殴られたことよりも母が私の事を守ってくれなかった。
かばってくれなかった。事がショックだった。
おまけに母は私に“あなたが悪いのよ。”って言った。
その時からあたしは母はあたしの事をこれからも守ってくれないだろう。
だから、あたしは自分で自分の事を守って慰めて支えて生きていかなければならないんだ。って思った。
この5歳の時のことは、今の私の記憶でもはっきり覚えてることなのだけど
うちの両親は、この時の事をちっとも覚えていない。
妹も”お姉ちゃんは、いつもこの話しするよね。”と笑い話しみたいに言う。
私にとって重要な事でも私の結婚前の家族は、誰も私の苦しみをわかってくれてなかった。
母に夏にこの話しをした時に
「覚えてないことは、誤れない。」とはっきり言われた。
私は、再び、母はやっぱり、あたしのことを大事には思ってない。と36年経って同じ悲しみを味わった。
でも、そのトラウマを解消しないと今までのようにこれからも同じ悲しみを何度も味わうだろうし、
自分のためっていうか、娘たちにとってよくないだろうな。と思って前世治療を受けに行くことを決めた。

前世はわからなかったし インナーチャイルドも癒せなかったけど
今の私には私の悲しみを理解してくれる家族や友達がいる。
今朝、ろみちゃんにもらったメールを読んで、やっと書こうという気になった。
色んな悲しみや苦しみも私には必要な事なのだろう。
いつか、その事から心が癒えた時にあたしはきっと成長できてるだろう。





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最終更新日  2006年12月13日 21時27分07秒
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