昨日のお昼3時頃、
私の友達の***ちゃんの愛犬、
くーちゃんが17才という長寿にして
亡くなりました。 (人間にから見てしまうと
とても短い命なのですが。。。)
本当に私の友達にとって、小さいときから
一緒に育ってきたから本当に抱けなくなったこと悲しいね。。
本当にもっともっと一緒にいたかったね。。
私にその悲しみを分けてくれてありがとう。
でも、私は、***ちゃんの悲しみに言葉が見つからなかったよ。
話をただ聞いてあげることしかできなかった。。
***ちゃんが
「くーちゃんと一緒にいて、本当に楽しかったし、
幸せやった・・・」
と涙を流して言ってくれたから、
私は、
「本当にくーちゃんもそう思っているよVv
***ちゃんと出会えて、一緒に暮らせたこと
よかったって思ってるよ。。」
って心からそう思っていうことができました。
でも、ただそれだけです。。(v_v。)
本当に愛する人を亡くす時、それが愛するペットでも
本当に私たちは悲しくて。。
もっと一緒にいたくて。。
また、
その人がいない生活なんてできない。
と思ってしまう時もあります。
また、
「もっともっとこんなことしてあげればよかった。。」
と後悔の心で一杯になってしまうことがあります。
でもね、私やったら。。
もし自分が死んで、私の愛する人が
生活できないほど悲しんでいるのを
知ったら、
「そんなに悲しまないで。。
私は大丈夫だから。。
私の分まで幸せに生きて。。」
と願うだろうし、
それこそ!
「私もthe lambちゃんと行くっ!」
なんて言われた日には、
「お願いっ!お願いだからやめてぇ~ (>_<;)」
って生き返ってでも止めたくなると思います。
そんなことも話したね(^_-)-☆
「私はくーのためにも楽しく生きるわっp(*^-^*)q 」
って言ってました。
本当にみなさま方の中にも愛する方を亡くされた方、
いらっしゃるかと思います。
本当に本当にあなたの上にまた御家族のお友達の上に
神様の癒しと慰めがありますように。。
イエスさまの御名を通してお祈り申し上げます。(v_v。)
アーメン
また、本当に私たちは
“どうしてこの人が。。?”
“どうして今なの。。?”
とその死に対して苦しむこともあります。
でもね、覚えていて。。
本当に私たちには理解し難く、また考えても考えても
本当の理由はわからない。。
でもそのことで決してご自分をお責めにならないで。。
ううん、責める必要はこれポッチb(-ω・*)もないです。
“私が悪いのよぉ。。”とも思う必要もありません(^_-)-☆
なぜなら、私たちにはその死の意味はわからなくても
神様はご存知だから。。(*μ_μ)
また、神様は何の意味もなしに私たちの命をとられる方
でもないからです。
神様の為されることは、全て、
― 時に叶って美しい ―
と記されている通りです。
私たちの思いを遥かに超えたご計画の元、
取られた命です。だから安心して下さい。
全てを神の御手に委ねましょう。
きっと何か意味があるのですから。。
神様に全て委ねた今、そこには悲しみのうちにあっても
平安があると思います。
そして、その悲しみに溢れた心をも慰めて下さり、
癒して下さいます。
私たちの父なる神様、愛なる神様は、
“慰め主”でもあられる方だから・・(^_-)-☆
だから、信じて。。
この悲しみがいつの日にか癒されることを。。
そして、この悲しみの向こうには、希望があることを。。
私たちが亡くなられた方にできること。。
そしてまた神様にできることは、
この死を無駄にしないということです。
本当に***ちゃんそして今、同じような悲しみの中に
おられる方々へ。。
どうぞ必ず、神様の癒しの御手が十分に注がれますように。。
深く深くお祈り申し上げます。 アーメン。
本当に私には祈ることしかできなくて。。
ごめんなさい。