好きなことは国境を越える
教会での式は久しぶりだった。改めて聞く生の賛美歌はとても心に響いてジーンときた。きっと参加者全員が同じ想いだったに違いない。そのせいもあってか、披露宴も楽しくも感動的なもので、出席できた喜びが込み上げて来た。「唄っていいなぁ」とシミジミ。皆で聞き入れば、なんか共通体験をしたような感覚になる。ちょうど、アーティストのコンサートはその典型だろう。以前、北京に行った時、「滝沢くんって知っている?」「宇多田ヒカルは聞いている?」…と、現地のスタッフから聞かれてビックリした。思い出すのは、北京での休日に王府井(東京で言えば銀座)をブラブラして楽器屋を見つけて入った。大きな楽器屋さんで様々な国のギターがあった。「弾いてもいいよ」とスタッフが声をかけてくれたので、学生時代の記憶を頼りにちょっとだけ弾いた。すると、さっきのスタッフたちが飛んできて「今のはカシオペアだろ?朝焼けっていう曲だよね、確か…」と声をかけられてビックリした記憶がある。「知っているの?」「もちろんだよ。凄くうまいよね。日本のフュージョンは最高だね」と。その晩、近くの居酒屋でスタッフ3名と飲んで語り合った。語り合ったと言っても韓国人、北京人、東京人、なので、共通語はない。片言の中国語、英語、日本語のつぎはぎの会話。「朝焼けという曲は、イントロのギターがいいね。チャラララッスチャッチャチャチャーン…とね」などで、「チャ」とか「ウンチャ」とか擬音が飛び交う会話になる。けれど、話題が音楽だとそれでも通じるから不思議だ。そう言えば、ピカチュウも、「ピカチュウ」「ピカッチュウ」とかで、基本的にはピカチュウで世界をまたにかけている。そう考えると凄い存在である。世界中の子供達が「ピカチュウ」で遊んでいると思うと、世界共通語を作ったのはピカチュウだ。英語を話せない子供達もピカチュウはわかる。これはもう「ノーベル平和賞」でもあげて頂きたい。そういう子供対たちが大人になった近い将来の外交では、多少難しい局面には「ピカチューの精神で話し合おう」でお互いに席につけるようになるかもしれない。21世紀は文化産業の世紀で、それはどのくらい人類に影響を与えていくのか?興味が尽きない。明日はいよいよ北京。今度はどんな体験があるのか?楽しみです。インターネットがつながりますように!