パソコンがなくなる日
深夜にメモを見ながらメールを打っていた。眠気もあって手元が少し狂ってしまってデスクにコーヒーをこぼしてしまった。その時コーヒーが少しだけパソコンの<ESC>と<Tab>の辺りにもこぼれた。あわててティッシュで拭いて…けれど、PCはそのまま動いていたので、ビデオファイルの変換作業をONにして寝た。翌朝起きて、メールチェックしようとPCをONにするが、うんともすんとも言わない。何度も試すが…段々脂汗が出てくる(汗)。「まさか、あのコーヒー?」と思いつつ、「でも少量だったし、その後動いてたしなぁ」と腑に落ちない。オフィスに行って、相談するとすぐに修理会社を調べてくれた。タクシーで持参すると、当然ながらすぐに直るわけでもなく、「取り合えずはバラして調べます」とごもっともなお答え。けれど「上海でPCがないなんて…」と、初めて言い知れぬ不安感に襲われた。「PCがない状態でどんな風に仕事をするのか?」など今まであまり真剣に考えたことがなかった。資料の作成からプレゼン、メールの送受信、携帯の充電、Mpegビデオファイルを変換して現場検証や、会議の録音MP3を聞きながらのまとめ作業…、もちろん部屋でのBGM…と、まるでこれ一台で生活しているかのシーンが走馬灯のように頭の中を駆け巡る。それでこれから数日間「ない」場合はどんな仕事をしようか?オフィスへ戻るタクシーではそんな事ばかり考えていた。夜、食事を終えて部屋に戻るとテレビをつけないから、もちろん無音だった。やはり落ち着かない。なんか重要なメールは来ないか?データだけでも取り出せるのだろうか?またまた脂汗っぽくなってきたので、シャワーを浴びて、本を読んで寝た。日下公人ワールドに引き込まれていった(笑)。だいぶ以前に読んだ本に、「パソコンがなくなる日」という題で、いきなりパソコンがなくなったらあなたはどのように生活しますか?という質問があった。考えてみれば、「パソコンを使う前ってどんな仕事の仕方をしてたっけ?」「自宅ではどんな風に過ごしていたんだっけ?」そんなことを必死に思い出してみた(笑)。パソコンの登場で便利になったことと、それによって相当時間を喰われていることの両方を実感。どちらが便利なのかは一目瞭然だが、どちらが幸せな生活なのか?は、正直よくわからなかった。しかしながら、これからどんな風に付き合っていくか?を考えるよい機会だったのかもしれない。