ルーちと同様、漫画喫茶・ネット喫茶なんて行った事もないという人の為のレポート。 …今日は10/10、昔で言えば体育の日か。
もう空はきれいに澄んだ青になって気持ちのいい風を切って子供達が走る季節…
なのにこの汗はどうだ…
根っからの冷え性で神無月ともなればもう冬支度で出かけなければならないはずの自分が
タンクトップに上着一枚…。
嘘だろう…、それとも風邪熱で伏せっている中で夢でも見ているのか。
街はコーヒーに落としたミルクのように渦巻いて、まるでウルトラQだ…。
足は五歩ごとに老廃物が悲鳴を上げ、まるで山道を歩いている人間のように、
息をきらし、ドラムのようになる心臓を抱えたまま50mごとにしゃがみこんで休んでいる。
…こういう時に都会というのは感謝すべき所なのかどうなのか、呆れるのだけれど、
誰一人、この挙動不審者に声をかけようとしてこない。
それともこれも夢だからなのか…。
夢だとしても町中でセロリやジャガイモを抱えて行き倒れるのは避けたい。
きっとまたどこかにぶつけ、そこから冷蔵庫の中で腐れるに違いない。
八百屋を出たところでふいに渦巻く視界にある看板がくっきり見えた。
漫画喫茶。
漫画喫茶…ネットがあるところか…ネットカフェ難民の人達がおウチにしている所か…。
私も受け入れてくれないかな。
今のところ、私も難民のようなものだし…。
だって…もう、歩けそうもないもの。
ルーちは薄暗いビルの入り口に貼られた喫茶の料金表を見上げた。
420円/時間、3時間パックで980円…ドリンク飲み放題。
中は薄暗くてどうなっているのかよく分からない。
ルーちのような臆病で世間知らずの人間には敷居が結構高そうだった。
…あとわずかできびすを返そうとした時に、気の弱そうな店長がドアを開けた。
「…あの~、あの、よかったら中でご説明を…」
人の弱さは、時に弱っている人間にとって救いになる事がある。
ルーちは安心した。
…ここで傷つけられる事はない…。
入会金200円は地元だから…地元と言っても結構離れているのに…と言ってまけてくれた。
…ふ~ん、ナイトパックや一日パックみたいな料金もあるんだ。
トイレもあって、ファミレスにあるようなドリンクバーがあって、
新聞、雑誌、漫画にゲーム。ルーちの家の居間にあるようなものは一通りあった。
無いのはゴミくらいか。
そしてもう一つ、陽光と音がない。ほとんど。
小さな個室の中には何人か人間がいるのだろうに、殆ど音がしない。
パソコンのファンが澱んだ疲労と孤独をかき混ぜて空気を作っていた。
入り口で個室の番号と大体の位置を教えてくれると、そこからはまるでラブホのように
すっと干渉が無くなる。
漫画の本棚の間の狭い通路を番号を探しながら行く。
なにか、異次元空間を歩いているような感じだ。
ほかのネット喫茶はどうか知らないが、ここでは絶対セロリやジャガイモは異次元物体だ。
レジ袋はエイリアンだ。本棚にぶつかっては『あり得ない』音を立てている。
何とか効果で宇宙が崩壊するのではないか…。
映画館やコンサートで馬鹿みたいに着メロを鳴らしてしまう時、
人の怒気や蔑みや困惑はぐるり振り返った顔に描かれる。
ここではただ、空気がアビスに出てくるエイリアンのような形を取る。
はっきり感じる…ここで受け入れられるのは孤独な『魂』だけなのだと。
個室のドアは下が半分開いているスライド式のもので、
『消防法により、開いている所に上着などを掛けて見えなくするのはダ~メ』
そんなような事がマニュアルには書いてあった。
…ふ~ん、ネット喫茶の個室ってこうなっているんだ。
風俗店の個室は見た事あるけど、ネット喫茶は初めてだ~。
まあ、風俗やラブホのカーテン付小窓なんて法律に対するお飾りみたいなもので、
殆ど使われる事なんて無いけどね…
珍しい部類だろうと思われる感慨を持って個室に入る。
うわ~、椅子が社長さんの椅子だ~! うわっ、足のせがある~! (感泣)
ウチの座椅子と違って床ずれが痛まないぞ~。
デスク下に置こうとして異次元物体がザワザワ場違いな音を立てる。
社長さんの椅子にしては個室は狭いので椅子が壁にぶつかる。
ああ、お隣の人、ゴメンなさい!
寝ていたのだったら起きないでね、お願いさん!
荷物を置いたルーちは見慣れたような見慣れないようなWindowsのデスクトップを前に、
小一時間はぼけら~っとしていただろうか。
とにかく疲れていた。静けさと椅子の優しさが眠りを誘う。
パソコンの為に店内は一定の…多分普段のルーちからすれば低めの温度に設定されている。
それが今日はとても気持ちがいい。 (長くなったので第二部に)