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February 21, 2008
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知らなかった、新規投稿は1ヶ月前までしかできなかったのですね…ショック

1月26日、わたしのおじいちゃんは25日の夕方までもたないかもと言われていたけれど、苦しかっただろうのに頑張って、仕事が終わってから車で京都から駆けつけてくれた主人にもちゃんと会ってくれて、翌日の朝亡くなりました。
もちろんずっと意識が戻ることはなかったけれど、時折手を握り返してくれたのはただの反射ではなかったと信じたいです。

毎日涙が止まらない…という時期は過ぎましたが、やっぱりそう簡単に悲しみは癒えるものではなく、愛犬と家族が支えという日々を過ごしました。

おじいちゃんはひ孫をずっと楽しみにしていて、私の妊娠を心から喜び、そして心配してくれていました。
安定期になってから伝えるべきか迷ってはいたものの、昨年末だったか、たまたま祖父が通った外科で、太い血管の石灰化が進んでいるからこれから先何年も長生きっていうのは難しいと思うと聞いていましたので、とにかく嬉しい話なのだから母から私の妊娠を伝えてもらいました。

お正月は一時退院するおじいちゃんに会いにいこうと思ったのですが、流産の可能性がでてきてしまったので、ここはおじいちゃんも楽しみにしてくれているひ孫なのだから、我慢して静岡に帰るのを諦めていました。
おじいちゃんは心配してくれていました。でも流産したことは、すでに足の怪我も治っていて2月に退院が決まっていたので、退院してから伝えようということになっていました。

25日のおじいちゃんの病室に着くなり、母がおじいちゃんの日記を見せてくれました。
母もこの日に気づいたそうです。
その日記の最後のページには、私の赤ちゃんの名前を一生懸命考えてくれていたことが書かれていました。
なぜか女の子だとおじいちゃんは確信したのか、男の子の名前はまだこれから考える予定だったのか、そこには女の子の名前がありました。
水子供養は自分たちなりの供養をする方々が多いと聞きますが、亡くなった子に名前をつけてあげるというのもどこかで読んでいました。
悲しかったけれど、おじいちゃんがつけてくれたその名前を私の赤ちゃんの名前にさせてもらうことにしました。おじいちゃんは本当に子供が好きだったから、私の赤ちゃんが天国でひとりで寂しがらないようにあわてて追いかけていってしまったのかもしれないと悲しくなってしまいました。

とにかく悔やまれてならないのは、もうおじいちゃんと話ができないこと。
25日の朝までは普通に会話ができたおじいちゃん、私や弟、主人のこともいつも気にかけてくれてた。もうこの世のどこに行ってもおじいちゃんに会うことはできない。海外に行っても、仮に宇宙に行けたとしても。
でも最後に見たおじいちゃんの姿は苦しそうで辛そうで、回復の見込みがないのであれば、この苦しそうな管をはずしてあげたいと思うほどせつなかったので、ある意味これでおじいちゃんは苦しみから解放されたのかなとも思った。

もともと退院後のおじいちゃんに会いにくるために2月の連休は静岡の予定だったことや、主人は仕事でお通夜と葬儀には出られなかったので1人先に帰っていて、交通費のことも考えるとそのまま2月まで実家にいたらいいと主人も言ってくれて、2週間ほど静岡に里帰りしていました。
私はこのミニピンズのお世話に追われながらも癒されていたけれど、主人はひとり寒い京都で湯たんぽうららと茶々もいなく寂しい家で単身赴任?していたのでもっと寂しかったかもしれない…。

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さて散歩だ!となったらこの騒ぎ…。ちっこ拭き雑巾が汚らしくてスミマセン…。

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おじいちゃんにこの公園によくつれてきてもらった。

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ここが難関でおじいちゃんの手が頼りだった。

少しずつこうしておじいちゃんとの想い出を書いていこうと思っていたところ、父方の伯父が亡くなったとの連絡を受け、京都に2週間くらいいてまた静岡に帰りました。そしてそのままおじいちゃんの四十九日までまた静岡にいさせてもらうことになったりして、今年に入って合計1ヶ月は静岡にいたのでした…。





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Last updated  March 17, 2008 11:13:31 PM
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