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2019.05.17
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カテゴリ:表沙汰
気分が落ちてるときってなんか凄くホラーゲーム実況とか恐怖の動画とかそういうの見たくなっちゃうんですね。ホラーを見ること自体は楽しいからいいんですが夢のなかで再現されてホラーの世界が実体験になってしまうこと自体が怖い。現実では、ホラー映画を観察する自分とホラー映画の中の世界とが絶対隔離されてはいるけど、夢の中だと主客未分なので怖いことが実際に起こりうるんです。ただ恐怖という感情が自分の夢のなかでブッパになっていて、別にホラー映画のプロットなんかなくても恐怖という感情があるというそれだけで自分=恐怖。
 ただ実際のところ現実がめっちゃしんどいときって、夢の中のホラー世界はむしろ癒しになってしまうんです。現実で血まみれお化け屋敷をさまよっていても、なんか夢のなかで現実を思い出すと夢のなかのほうがずっとマシじゃないやだーってなって、恐怖が癒しになってしまうんですね。だから現実の怖さって恐怖とはなんか違うんだろう。幽霊とかの恐怖よりずっとやばい恐怖が現実なんです。だって現実の嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ないから夢とか幻想とかオカルトとかそういうものに逃げるんです。だから現実の恐怖政治を癒してくれるのはほんとそういう幽霊の世界しかないんです。現実にいたぶられているから、幽霊に救いを求めるのです。現実の物理法則を破壊してくれるのが幽霊の物理法則だから。

 でももちろん、私たちは現実を絶対と思っていて、現実の物理法則と常識を無意識下で絶対だと思っているけど、デカルトの問答のように、「私が今、何かを認識している」という事実以外、この世には何ひとつ絶対に正しいと言えることはない、というパラドックスは永遠なのです。私たちも、何年何月何日に生まれたと思っているけど、もしこの世に「記憶を製作できる存在」がいるとしたら、私はその何年何月何日に生まれたと思い込まされているだけで、実際は昨日「記憶を製作できる存在」が私をつくったのかもしれない。という問答は否定できない。
 物理法則も、常識も、経験論的に推測された「可能性の高い状況」にすぎなくて「絶対起こりうる状況」ではない。同時に幽霊の物理法則も、経験論的に推測された「可能性の低い状況」にすぎなくて「絶対に起きない状況」ではない。

 だからオカルトっていうのはやっぱり現実が嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で嫌で仕方ない時ほど惹かれていってしまうんです。現実を壊して欲しいから。経験論的に推測されうる物理法則がやってきてほしくないから。現実が壊れてくれると感動するんです。だから夢のなかはいつもワクワクしています。そして、生きる生命力に溢れているように感じます。目がさめると、何か生命力が鼻から抜けていってなくなったようにも感じます。
 同時に、うつ病状態の人とかは、何もかもに無感情・無気力になります。色々考えすぎて無気力になることもあるし、何かそれ以前の問題のこともある。ホラー映画の力というものに、何か生きる気力を強制的に出させるような側面もあるかもしれない。現実的な話をされると、明日を生きる気力が消えていくけど、オカルトに関わると、そこから離れない限り、生きる集中力みたいなのはでてくるのだ。フツーの話やドラマには全く無感情なのに、ホラーを見ると自分のなかの生きる気力みたいなのを認識できて、それだけでうれしいのかもしれない。だから気分が落ちて鬱っぽくなっているときにこそそういうのを求めたがるし…ナゼかyoutubeでそういう時に限ってあなたへのおすすめでそういう動画がやたらくる。





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最終更新日  2019.05.17 21:07:54
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