勝間和代氏と佐々木常夫氏(東レ経営研究所社長)のあいだには
書評/勝間和代「起きていることはすべて正しい」3.5点/5点起きていることはすべて正しい起きていることはすべて、自分に対するメッセージ、あるいは何らかのチャンスとして受け止めよう。そしてそのメッセージを分析し、そこに対して持っているパーソナル資産を正しく割り当て、使い切り、最大の成果になるよう行動しよう。(p262)上記の部分がタイトルにもなっている「起きていることはすべて正しい」と言葉の本意なのだそうです。どうもこの本においては賛否両論のようです。(amazonのレビューでは少し否の方が多いでしょうか?)賛否の理由はいろいろあるでしょうが、今回気になったのはamazonなどのレビューではなく、東レ経営研究所社長の佐々木常夫氏のコラム。その名も「「起きていることはすべて正しい」は正しくない」と言うドストレートなタイトル。この中で佐々木氏は私は自閉症の長男と肝硬変とうつ病を患った妻のため必死で仕事と家族の両立を図ってきて、どちらもかろうじてそこそこの結果を出したが、それはたまたま幸運に恵まれていたからではないかと感じている。私の妻は一歩間違えば死んでいた(3回目の自殺は普通なら死んでいたのだがたまたま娘が見つけて助かった)し、忙しい部署からの異動がなければ、妻のうつ病は回復しなかったかもしれない。そうであれば私の人生は挫折の一語であって、本を出版したりテレビに出たりすることもなく「ワークライフバランスのモデルケース」などと言われることもなかっただろう。私が経験したことはたまたま起こったことで、人生ある意味では成功も失敗も紙一重のところにあるのではないか。と述べています。さらに多くの場合、そばにどんな人がいたか、そのとき同時になにが起こったかなどさまざまな運、不運も大きく影響していると思う。とも述べています。NHK教育「仕事学のすすめ」にも佐々木は出演しておられました(ただし勝間氏が担当ではない)が、その時に家族の病気のことを詳しく取り上げられていました。もう1つのブログにその時のことを取り上げています。この番組では佐々木氏は次のように述べておられます。ハンディを持っている人はどの位いるかと言うこと。身体障害者は日本に350万人いる。うつは500万人いると言われている。自閉症は100万人。認知症は200万人になろうとしている。アルコール依存症は240万人いるそう。こう言う人を足しあげたら2000万人をあっという間に超えちゃう。日本人の5人に1人が何らかのハンディを負っている。にも関わらず、この世の中は健常者だけで構成されているように見える。それはみんな言わないから。そういう重い荷物を背負った人がどれだけたくさんいるか。みんなそれを誰にも打ち明けられずに苦しみながら、家族だけが共有しているかもしれないが、必死に生きて頑張って、それで結果が出ない人がどれだけたくさんいるのかと言うこと。勝間氏と佐々木氏のスタンスの違いはもしかすると一時期話題になった勝間和代氏VS香山リカ氏のスタンスの違いに通じる部分があるのかもしれません。(詳しくはありませんが)勝間氏はいま起きていることを否定したり、こうだったらいいなあと夢想しても仕方がない。それよりは、起きていることから、何を学び取り、どのように行動すれば、いま一瞬のこの時間を最大に活用できるか(p3~4)と書いておられます。さらには早い出産のおかげでワークライフバランスにも、効率的な働き方にもいち早く目覚めることができました。日本企業で左遷されたおかげで、外資系に行く決心がつきました。勤め先が不安定だったおかげで、あえて企業に執着せず、30代のうちに独立も実現しました。これらはすべて、環境の悪さを嘆いて、行動を起こしていなかったら、何も起きないどころか、もっともっと自分自身、生きづらくなっていたでしょう。(p324)とあります。勝間氏のこの意見は受験勉強を考えると分かりやすいでしょう。受験生は「たくさん参考書を買うお金がない」「部屋がうるさい」「部活で時間が取れない」「彼女と付き合っているので集中できない」etcと理由をつけて勉強をしないことがあります。しかし全部の状況がそろう状況なんてないのだからどうすれば一番よいのか良く考えてやるしかありません。このようなことは受験生だけではなく社会人一般でも同じことです。他方、どうにもならない環境にいる人も中にはいます。佐々木氏は奥さんの病気でだいぶご苦労されたそうですが、病気もどうにもならない環境の中の1つです。自分が潰瘍性大腸炎と言う病気(難病に指定)だから分かりますが、病気を気力や努力や場合によっては工夫で乗り越えようとしてもどうにもならない事があります。(むしろ悪化させることすらあります)このような環境に置かれた人の多くが佐々木氏のように「成功/不成功にだって運の要素がある。そしてその運はどうにもならないタイプの運である」と言う考え方になったり、このような考え方に賛同しやすい傾向があると思います。しかし勝間氏自身が「成功者はすべて努力のたまもので、成功しなかった者はぜんぶ努力不足」と思っているのかどうかはかなり疑問。と言うのも勝間氏が「まぐれ 投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか」と言う本を勧めておられるから。勝間氏が勧めている理由はそこにはないのかもしれないが「まぐれ~」には「私たちは成功すればそれは自分の能力のおかげ、失敗すればそれは運が悪かっただけと考える」(p294)とあります。勿論、勝間氏が勧めた本の一節にこのような表現があるからと言って勝間氏自身がこの考え方に肯定しているとは限りません。しかし私は勝間・佐々木両氏の間にある溝は「努力しても仕方がない範囲の広さ」にあるのではないかとみます。佐々木は自身の経験から「努力しても仕方ない範囲」が広い。他方勝間氏は「努力しても仕方がない範囲」が佐々木氏に比べると著しく狭い。佐々木氏から見れば全く同じ土俵に上げるのはコクだろうと言う範囲の一部が勝間氏には「ベストな環境がそろうことはないのだから~」という発想で切りすてられている。私自身も色々努力・工夫して物事に取り組んでいかないと思いますが、「健常者と全く同じ土俵に乗ってください。結果も同じように出して下さい。努力と工夫でどうにかなりますよね?」と言われてしまうと困ってしまいます。ただしこの佐々木氏と勝間氏の溝に明確な正解を導くのは不可能だろうと思います。ここだという明確な線引きを引きようがない。事業仕分けでズバズバ「ムダだ」と断定しているけど、本当にムダかどうかなんて判定が難しいことが多いのと似ているのかもしれません。私にはこの溝の問題に私なりであっても答えが出せません。ただしいち難病患者として、皆さんにはちょっと考えてもらいたい問題です。 【中古】ビジネス ≪ビジネス≫ 起きていることはすべて正しい-運を戦略的につかむ勝間式4つの技術【10P04jun10】【お買い物マラソン06more10】起きていることはすべて正しいまぐれ