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「東京での一週間(1)」
東京で一週間を過ごすことになった私は、友人も仕事があるので昼から付き合ってもらうわけに行かず、とりあえず東京見物というか展覧会、美術館と劇場通いで過ごすことにした。 翌日の早朝、久々に新宿に出た。新宿、特に青梅街道沿いの西新宿から中野坂上近辺は、学生時代から就職後もホームベースのように過ごした街で懐かしかった。JR駅を出ると、まず都庁のビルが目に入った。住友ビルとか昔からの西新宿の高層ビルにはなじみがあるが、実物の都庁を見たのは初めてだった。この日は昼前に版元に印税を取りに行く約束をしており、それが都庁のすぐそばだったので、西新宿のニコンサロンで写真の企画展を見てから歩いていくことにした。 私の本を出してくれた出版社は地方にあり、NYからすべてメールとフェデックスで打ち合わせや原稿のやり取りをしていた。当然、編集者のどなたにもお会いしたことがなく、このまま会わないままだろうと思っていた。2006年末に出版以来、連絡も途絶え、本の売れ行きはアマゾンの順位で知るだけで、実際にどれだけ売れているのか全く未知だった。今回、東京に着いてから本社に電話をすると、総計8割方売れたと言い、さらに印税が未支払いなので東京支社に寄って取りに来て欲しいと言われた。さて、その都庁近くのオフィスに訪ねていくと、小さいマンションに担当者が一人いるだけだった。その方は編集のかたわら、大学で文芸創作を教えているということで、最近の日本の出版事情についていろいろと教えていただいた。私の本は出版後3年たつが、まだ「ニューヨーク関連本」というコーナーで大手の書店には入っているとのこと。白黒写真を使った表紙のデザインが良いとも言われた。デザインが良くないと書店から消えていくのが早いらしい。いろいろ面倒なやり取りはあったが、最後までプリントの発色にはこだわって良かったと思った。その後、新宿東口の紀伊国屋書店に行くと、確かに旅行本のコーナーに自著が見つかった。 翌日は、外苑のワタリウム美術館に「流しの写真家、渡辺克巳写真展、1965-2005」を見に行った。森山大道の写真が好きな私だったら、この人の新宿風景も好きじゃないかと人に勧められていたのだ。会場はワタリウム美術館の3フロアを使い、1965-1977、1978-1989、1990-2005と、1000枚以上の小判写真がびっしりと並べられていた。渡辺克巳さんは、60年代から今までの新宿盛り場、やくざやストリップ嬢やキャバレーのボーイやホステスなどを、「流しの写真家」として旧式のカメラとフラッシュで職業的に撮り続けてきた人だ。2006年に亡くなったが、40年にわたる作品の数々は、まさに新宿と東京の変化をリアルタイムで描き続けてきた記録といえる。 当時の新宿歌舞伎町や裏街にはエネルギーと猥雑さが立ちこめ、素人の若い女性は昼間でも一人で歩くのが恐ろしいような雰囲気だった。私は70年代末のそれを少し知っている。今はすべてがサニタイズされてしまい、その手の猥雑さやおどろおどろした空気が東京から消えてしまったように感じる。だから、渡辺さんは自分の撮りたいものが撮れる時代にぴったりと生きた、幸せな人だったのかもしれない。森山大道さんのは同じ新宿がモチーフでも芸術作品として評価される写真だと思うが、渡辺さんのは生々しい、現場で生きている人の明日も知れぬせっぱ詰まった人生のドキュメンテーションになっているように思う。こういう写真に一時期憧れていた私は、少しうらやましさも感じた。解説には、永山則夫という19歳の連続射殺魔事件死刑囚の記述もあった。彼のことはよく知らなかったが、この街の当時の住人にとっては親しい仲間だったのだろうか。 その後、雨の外苑から地下鉄に乗って乃木坂で降り、国立新美術館へ行った。ここも初めてだった。びっくり仰天するような大きな建物で、「アーティスト・ファイル 2008?現代の作家たち」Artist File 2008 - The NACT Annual Show of Contemporary Art、という企画展をやっていた。概要な以下: 「「アーティスト・ファイル」展は、現在の?そしてこれからの?美術動向を、国立新美術館が独自の視点で切り取って、毎年定期的に紹介していく、新しい展覧会プロジェクトです。特に決まったテーマを設けることなく、推薦する作家、紹介したい作家を持ち寄ったなかから、今回は8名の作家を選び出し、グループ展を構成しました。写真、映像、インスタレーション、ドローイングと、8名の作家たちが用いる表現メディアは様々です。また、それぞれに扱っているテーマも異なっています。しかしながら、その作品からは、今日の社会や文化、政治的状況をふまえながら、自らの世界を真摯に追求しているアーティストのみが持つ、アクチュアリティを感じることができるのではないでしょうか。交通や通信の飛躍的な発展を背景として、さまざまな物語や価値観が並び立つ新たな風景が、21世紀を生きる私たちのまわりには広がっています。「アーティスト・ファイル」展は、このような現代にあって、多様化していく芸術表現の豊かさに触れる機会となることでしょう。」 ーー現代に生きる作家たちを紹介するという主旨の毎年恒例のもので、若手の日本人作家のグループ展に外国招待作家が混じったのような印象だった。写真とビデオ作品に面白そうなのがあった。でも展示室という空間が巨大なのに、コンセプチュアルな立体作品の場合、中身がスカスカで隙間だらけの寒い感じがしたのも事実。現代美術というのは、見せる側より見る側に無条件に作品を受け入れるだけの知的好奇心と体力、プラスアルファがあって、初めて成り立つものではないかという気がする。現代美術やその作家に無知な人がいきなり展示室に入れられ、無条件に感動するのは難しいのではなだろうか。 そこから5分ほど歩いて、話には聞いていた「六本木ヒルズ」という、超高層ビルの中の森美術館に行く。「アートは心のためにある:UBSアートコレクションより」というのをやっていた。概要は以下: 「ウォーホル、リキテンスタイン、バスキア、リヒター、グルスキー、荒木経惟、森村泰昌、杉本博司、宮本隆司、畠山直哉・・・・・。アメリカ、ヨーロッパからアジアまで、世界有数のアーティスト60人による約140作品に囲まれ、見て、感じて、想像するためのワークスペースをつくりました。美術館と企業コレクションの新しいバートナーシップ、アート&ライフの提案です。 スイスに拠点を置く金融機関UBSの現代美術コレクションは、1950年代以降のアメリカ、ヨーロッパの絵画と1990年代以降のヨーロッパを中心とした写真作品を中核に、近年はアジアや中南米の作品にも視野を広げ、よりグローバルな企業コレクションとして拡大しつつあります。本展では1000点以上におよぶコレクションから、「1.ポートレイトから身体へ」、「2.造られた世界」、「3.ランドスケープから宇宙へ」という3つのテーマで作品を選び、それぞれの作品やアーティストのアイディアが世界とどのように繋がっているかを探ります。」 ここのは作家の数も多く作風にバラエティーがあり、年代も50年代から現在まで幅が広く、社会性のある作品もあって飽きずに見れた。「六本木ヒルズ」というのは、アメリカの今はなきWTC周辺に’似た、東京の新しい観光名所になっているようだった。森美術館は最上階の53階にあり、他に東京シティビューという展望台があり、360度ガラス張りで東京の街が見下ろせるようになっていた。六本木というと渡米前の82-86年頃、私の通っていたジャズダンスのレッスン場があり、バイト先のショーレストランがありで、私にとってなじみが深い。当時も明け方の始発まで遊ぶ若い人の街、若くありたい中高年の街だったように思う。乃木坂はもう少し落ちついた大人の店が多かった。 その日の帰りに渋谷駅から山手線に乗ると、原宿駅で止まって動かなくなってしまった。アナウンスによると「神田駅で人身事故」があったという。「人身事故」というと飛び込み自殺だろう。東京の人はこういうことに完璧に慣れているのか、誰もがあわてすに平然としていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年05月29日 03時41分51秒
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