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JALに乗ったのは久々だったが、すっかりアメリカンな航空会社になっていた。ANAと比べて年配のCAが多かったし、髪形も体型もアメリカンだった。サービスもアメリカンだった。ANAがよりすぐりのクローンのような若い細身美人をそろえて全員シニョンヘアであったのに、JALは年齢もさまざま、体型もさまざま、髪型もいろいろだった。新聞もくばってくれなかった。
日本は6月半ばなのに梅雨入りしてなくて寒い感じもした。長袖のジャケットが役にたった。2週間の帰国中、東京には四日いたが、近代美術館、森美術館、写真美術館、国際現代美術館に行った。ちょうどワールドリーグのサッカーの真っ最中で夜中まで町がにぎやかだった。ホテルのある池袋はますます外人が増えていた。秋葉原ではメイド喫茶のセールスガールに「お嬢様」と呼ばれた。 乃木坂から六本木に出る道が古風で素敵だった。古いお菓子屋さんがあってなんと創業80年だという。「それいゆ」という中原淳一の絵の専門店があったので、母に「ひまわり」の復刻版を買う。広尾とか西麻布は外人も多くて外国帰りには住みやすそうに見えた。 東京では写真をとりまくった。ミニスやカやセーラーの女子高生の姿が面白くてたくさんとったけど、彼女たちは自分たちが被写体として狙われることに慣れているように見えた。カメラをかまえただけでスッと横に逃げたり顔を隠したりする。その足取りは非常に速かった。 東京は2年前に来たときのような新鮮さはなかった。あるのは疲れと倦怠感。若い人の波。やたらとごみが区分けされ、きれいな駅。街。日本の人はいつからこのようなエコ意識を持ったのだろう。もはやごみを通りに捨てる人などいないし、いたら犯罪者並みに非難の目で周囲から見られるだろう。立ち食い、歩き飲みの人もほとんどいないので、私は目だっていたかもしれない。信号無視ももちろんできなかった。 日本の子供たちはみんな大事に手をかけて大きくなり、男も女も毎日石鹸で全身を洗って無味無臭のように見えた。女性はいっせいに同じ流行の格好をしていた。同じ方向を見て無言で行儀よく並び、駅でもエスカレーターでも破状がなくよく訓練されている。訓練されてない人はじき飛ばされそうだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年07月06日 12時08分57秒
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