◇ 1月17日(土曜日); 旧師走二十二日 壬戌(みずのえ いぬ); 土用
狭山湖(正式には山口貯水池というのだそうだ)のオオタカ君は、その後どうしているだろうと、又行ってみた。西武鉄道には色々な支線があって、その中の西武狭山湖線という、終点と始点の間に一つしか駅の無い電車に乗ると、終点の西武球場前から歩いて坂を上れば狭山湖だ。広々とした開水面を前にすると、いつもながら思わず深呼吸を繰り返し、背も伸びる。
狭山湖は尻尾のちょん切られた、口を開けたワニのような形をしている。尻尾を切られた切り口が湖の東端で、700メートル弱の堰堤が南北に真っ直ぐ続いている。堰堤を境に広がる湖は途中から長く伸びた岬によって南北に分かれて、ワニの開いた口を形作る。こうしてできた入り江の最深部までは堰堤から2.5キロ程もある。つまりは、晴々とした気持ちで深呼吸をしたくなるほど広いのだ。
狭山湖でオオタカが良く見られるのは堰堤の北端近くの雑木林の付近である。堰堤の北端には四阿風の休憩所があって、付近にはご近所の(だと思うが)アマチュアカメラマンやバードウォッチャーのカメラや望遠鏡の砲列が並ぶ。
オオタカは堰堤の一角に掲げられている解説によると、2月から3月頃が繁殖期になるそうで、観察できる機会も増えるのだそうだ。運がよければ交尾や営巣の有様も見られるそうだ。
今日のオオタカ君は、僕が現場に着いた最初のうちは中々姿を見せなかったので、彼らも週休二日なのかと思っていた。しかし、その内付近のカラスの群れが急に騒がしくなり、観測家の皆さんもそわそわしだした。
いきなり雑木林の一角から、明るい色調の鳥が飛び出して来て、一羽のカラスを背後から蹴るような動作をした。オオタカの狩りだ。
あっという間にカラスはオオタカの足爪に掴まれる。そのまま二羽は岸近くの水面に落下し、真っ白な羽毛で覆われたオオタカの脚でカラスは水中に押し付けられる。溺れさせるつもりなのだ。
カラスはあっけなく絶命した様子で、オオタカはそれを岸辺に引き上げ、食事になった。この間ものの一分もしない出来事である。
先日もそうだったが、付近にはカラスが群れを成している。
オオタカの狩りの間も、十羽に余るカラスがオオタカを追尾して飛んでいた。そして犠牲者が屠られ、オオタカの食事が始まると、周りにとまって食事の現場を包囲するように様子をうかがっている。その内包囲の輪は段々狭まって行き、ついにはオオタカに威嚇され追い立てられるものも出てくる。威嚇されると一瞬飛び上がるが、すぐに舞い降りて又様子を窺いながら近づいて行く。少し離れた辺りでは、カラスの行水を始めるものまでいる。オオタカの食事の余禄にありつこうとしているのだ。
人間の感覚で判断するのは妥当なことだとは思わないが、つい先ほどまで生きた仲間だったものが、目の前で襲われ、食われている。その余禄にありつこうというのは、如何にも倫理や人情(烏情か)にもとると思える。何しろ仲間で群れを成してオオタカを挑発し、仲間の一羽を襲わせ、その余禄にありつこうというのだ。
カラスは常にうるさい。オオタカ君は周りの喧騒には無頓着で、始終無言で獲物を毟って食うことに専念している。その様子は、悠揚迫らずと云うべきなのだろうが、僕にはどうも浅ましいと思えてしまった。
肉食の鳥なのだから、命の糧として狩りをし、獲物を食するのは当たり前なのだが、実際に食事の現場を見ると浅ましさを覚える気持ちの方が先立ってしまう。
思えば、動物でも人間でも食事の現場というものは浅ましいものだ。浅ましいとまでは言わなくても、他人を憚る一種淫靡な雰囲気をかもす行為である。だから食事を共にする相手はある程度以上親しい間柄に限られるし、食事の場所も原則として他人からは見えない屋内である。屋外でものを食べるのは、ピクニックや縁日など、ハレの環境に限られるのだ。
だから僕は見ず知らずの大勢の人間が集まるビュッフェパーティなどというものは嫌いだし、電車の中で平気でものを食べる輩はもっと嫌いだ。
お余りを奪取しようと窺うカラスは論外だが、オオタカ君も衆人環視の中でガツガツと獲物を喰らっている姿を見て少し幻滅してしまった。せめて巣にでも持ち帰って、其処で食べて欲しいと思うのだが。
この日は、見ている間に少し離れた場所でもう一羽のオオタカの狩りが行われた。獲物は同じくカラスである。付近のご常連によれば、この付近には少なくとも三羽が見られるのだそうで、短時間で二度もオオタカの狩りの瞬間を見られるのは珍しいとの事。
我に返れば、大きなレンズを着けたカメラや双眼鏡を持ち出して、よそ様の食事や交尾を観察に来る我々の方が浅ましいのかも知れないなぁ。