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マックの文弊録

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2009.05.04
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カテゴリ:小言こうべえ
◇ 5月4日(月曜日); 旧四月十日 己酉(つちのと とり): 先勝、みどりの日

我々日本人は悲観論を喧伝して憂い顔をするのが好きなようだ。

連休前、4月の末だったと思うが豚インフルエンザ流行の兆しというニュースが飛び込んできた。僕は友人が発行しているメールマガジンで第一報を知った。ニューヨークに住む彼の友人が「特報!」と知らせてきたのだ。引用されていた「特報」によれば、「豚起源のインフルエンザがメキシコで発生。罹患者は急増。合衆国にも既に患者が出た。青壮年に死者が多い。」などと緊迫感が漂っていた。友人自身も、「地球上にはびこって我が物顔に他の動物や植物を蹂躙してきた人類に対する自然からの報復だ。」と、パンデミック(世界的大流行)は既に不可避でこのままだと人類の存亡に関わるような論調で、これを紹介していた。

日本のメディアもその翌日くらいの夕方のニュースからこれを扱い始めた。その後のニュースのヘッドラインはもう豚インフルエンザ一色になった。まるで危機感を募らせるのを使命としているようだった。

こういう時に人類の「原罪」のレベルにまで遡って悲壮な面持ちで憂えるのは、どうも我が国民性なのかもしれないと僕は感じた。日本には「先憂後楽」という言葉が有って、インテリや賢者ほど真っ先に国を憂え、深刻だ大変だと喧伝するのを賢さの証だとする風潮がある。暫く前の北朝鮮によるボロミサイル発射の「予告期間」にも似たような現象があった。もっと遡れば幕末にペリーが黒船を率いてやって来た時も、このままでは皇国は滅びるとの悲観論・悲壮論が蔓延したし、関東大震災の時の朝鮮人による陰謀説騒ぎも同類だったように思える。

ところが連休も半ばを過ぎた今日辺りはもうそういう雰囲気は、少なくとも庶民の間には薄れてきている。しかし、これが皆が冷静になった所為だとは一向に思わない。何となく皆が馴れてしまった所為である気がするのだ。

何かあると憂い顔で大騒ぎをし終末論まで飛び出す。そして喉元過ぎればすぐに忘れてしまう。これは北朝鮮のミサイル騒ぎの時も、黒船騒ぎの時も同じではなかったろうか?

これが若し日本人の国民性だとするならば、日本人は図太いというか、或いは危機的状況にも直ぐに順応できる優れた才能を与えられているというべきか。

それにつけても今回もマスコミの報道は不愉快だった。今でも不愉快だ。
日本のマスコミはこの頃「ウケ狙い」の姿勢ばかりが目に付く。スポーツ新聞などの話ではない。権威のある、従って報道責任も重いはずの公共放送や有力全国紙の話である。

何事か緊急事態が生じた場合に報道機関において肝心なのは、事実や現象の背景にある科学的根拠や研究現場における現状を適切に紹介し、専門家でない大衆が「自ら考え、対処し行動できる」よすがとし得る報道をする事であるはずだ。
それがどこもかしこも、色々な図を表示したりして「分かり易く」という姿勢ばかり目に付いた。これは衆愚的であり、早い話が人を馬鹿にしている。

インフルエンザと人間との係わり合いは昨日や今日の事ではない。ある程度まで信頼できるインフルエンザの記録は12世紀にまで遡る事ができる。近代になって色々なデータの残っている最初の(そして最悪の)インフルエンザは1918年に発生したスペイン風邪だそうだが、それ以来研究は着実に進み、科学的にも医学的にも又疫学的にも相当な知識が蓄積されている。
そういうものが適切に報道・流布されていれば、今回の新型インフルエンザに対しても最初から冷静な反応が出来るはずだし、今後に対しても一過性ではなく永続的な知識を人々の間に広めておける。ひいては身辺の新たな危機に際して民草自らが考えられる下地を養成出来るはずなのだ。

● インフルエンザウィルスには、ウィルスの内部蛋白の違いによってA型、B型、C型という3つの型があり、この中で重篤な症状やパンデミックを引き起こす恐れのあるのはA型だけだ。B型は季節性インフルエンザの、C型は軽い風邪の症状の原因となるウィルスで、どちらも大きな脅威にはならない。しかしマスコミはA型インフルエンザとは云うだけで、その意味やB型C型との相違点をちゃんと伝えていただろうか?
● インフルエンザウィルスの型を表す「H1N1」などというのは、A型ウィルスの抗原性を規定するもの(ウィルス表面の蛋白質の型)だ。これは防御免疫上重要で、新型インフルエンザの流行のし易さや、ワクチンの準備に要する手間を測る目安になる。「H」にはH1~H16までの16種類、「N」には9種類のサブタイプ(亜種)がある。つまり全部で144種類のインフルエンザウィルスが存在する事になる。水鳥の世界にはこの全ての亜種のウィルスが存在するが、人間界には全部があるわけでは無い。今までに人間界で流行したインフルエンザウィルスは、せいぜいH3N8?(名称なし)、H1N1(スペイン風邪)、H2N2(アジア風邪)、H3N2(香港風邪)の4種類に過ぎない。つまり、今回の新型ウィルスと「HnNm」のタイプが同じウィルスによる流行が最近(同一世代内で)有ったのなら、その際の罹患者やワクチンの被接種者には防御免疫が残っていて今回のインフルエンザは感染しない事になる。ところが今回の新型ウィルスはH1N1型だという事だ。これは1918年に世界的に大流行したスペイン風邪のウィルスと同型だ。既に百年も経つと人間の側の世代交代が終わってしまっているため、現存ずる人々に防御免疫が残っているのは期待出来ない。こういった話は、過去との対比としてちゃんと報道されていただろうか?
● 次にどれほど急激に流行し得るかだが、これを推定するには「基本再生産数」というのが目安になる。これは、罹患者が未だ誰も居ない環境に対して、R(0)=β*κ*Dで表される。ここでβは人同士の接触一回辺りの感染確率で、Dは感染症ごとに凡そ決まっている感染期間の長さである。κは一人の人が集団内でD期間内に平均何人と接触するかを表す。従ってこのR(0)が大きいほど感染は急速に流行する事になる。この値が<=1だと流行は起こらない。又この式を見ると感染期間が短ければ、又余り人に接触しないようにすれば流行の程度を抑えられる事が分かる。タミフルなど抗インフルエンザウィルス薬の服用はDの値、つまり感染期間を短くする事に貢献する。タミフルはウィルスを殺したり、感染そのものを防ぐものではないが、この事を知っている人は果たして何人居るだろうか?タミフルを服用したから安全だと、人混みに平気で出て行くようであれば、若しその人が感染者の場合逆にκを大きくする事になってしまう。
● 次に、新型インフルエンザは如何に激しく流行しようとも必ず自然に終息する。何もしないでも必ず終息する。それも流行が急激である程早く終息するのだ。上述の基本再生産数R(0)は罹患者が誰も居ない環境の中で感染者が再生産される場合の話だ。今度は既に感染者が出ている集団(つまり現実に今世界各地に生じている集団の事だ)の中での再生産数Rを考える。そうすると、このRは感染の流行の推移によって減少していく事が分かる。つまりこういう事だ。新型インフルエンザに感染すると、その罹患者はやがて回復するか死亡するか、どちらかの結果になる。回復した人には感染防御免疫が出来ているから、二度同じ型のインフルエンザには罹る事はない。又一方で感染した結果死亡した人は当然集団から除外される。だから例えばR(0)=10というインフルエンザ(これは実在すれば非常に感染力の強いインフルエンザだ)でも、暫くするとRは減少を始め、やがて<1になってつまりは終息する事になるのだ。ワクチンが無くても、何も対策を講じなくてもそうなのだ。一般にインフルエンザの感染期間(D)は2~3週間、長くても1ヶ月程度だそうだ。今度の新型インフルエンザでも後暫くするとこのR(0)とDについてもおよその値は分かってくるだろうから、それを基にして今後の推移の仕方、いつ頃までに終息するかに見当が付けられるはずである。
● 新型ウィルス用のワクチンは全員に行き渡る必要は無い。これも上記の議論に注意すれば理解できる。今R(0)=4という新型ウィルスを例にとると、最初の感染者は集団内の4人を二次的に感染させ得る。この時集団内の50%の人数にワクチンが接種されていれば、二次感染者は平均で4人ではなく2人になる。若し75%の人がワクチンを接種済みであれば、平均二次感染者数は1人になり感染の流行は起こり得ない。更には時間が経過してDを超える頃には罹患者で防御免疫を獲得した人の数も増えていくから、これによっても再生産数Rは減少していくはずだ。実際の話はこれ程単純に推移する訳ではないが、それでも「ワクチンは国民全員に行き渡る必要は無い」という事は知っておいて良い。
● もう一つ非常に重要な事は新型ウィルスの毒性だ。これが強いと犠牲者が大勢出ることになる。無論その所為で(集団の母数が減少するため)感染流行の終息時期は早まるが、その代償としての犠牲は極めて大きなものになる。マスコミは罹患者数の増加のみを重大事として取り上げているが、実はこの毒性の強弱はそれ以上に重要なのだ。今までの経緯を見れば発生源のメキシコにしか未だ死者は出ていない(アメリカでの1人の死者は、訪問者として滞在していたメキシコ人だ)し、WHOも昨日(だったと思うが)「新型インフルエンザは強毒性ではない」との公式発表をしている。これは重大で且つ喜ばしい情報であるはずだ。どうしてマスコミは感染地域と感染者数の増加のみを重大事として報道するのか?
● インフルエンザウィルスも世代交代をして行くが、その際に毒性なども変化し得る。インフルエンザの流行には第二波第三波ということもあり、その際に毒性が強くなっている事も過去の事例には有ったということなので、これには注意が必要である。再生産数Rが1を下回るまでの期間は、民草としては油断することなく、やはり人混みへの外出などを控えるなどの防御策を講じておくべきだ。
● 同一の宿主(今の場合はヒト)が、例えばH1N1型とH3N2型の2種類のウィルスに感染した場合、子孫のウィルスはH1N1、H1N2、H3N1、H3N2の4種類の型を取り得る。この4種類の内2種類は親ウィルスとは異なる新型である。上に述べたように「HnNm」はウィルスの抗原性を規定するから、今の場合H1N2、H3N1の2種類のウィルスは、それまでの防御免疫が働かない新型ウィルスだと云う事になる。これをウィルスの「シフト」という。先日見つかった日本の「感染容疑者」は結局問題の新型ウィルスではなく、「ソ連A型ウィルス」に感染していると判定されたが、こういうところでシフトが起こって新型ウィルスの同時多発現象などということにならないよう注意する必要があるのだ。

スペイン風邪(1918年~1919年)やアジア風邪(1957年~1958年)、更には香港風邪(1968年~1969年)の頃と較べて、世界の人間の交流頻度(つまりκ)は飛躍的に増加している。ボーダーレスというのは金融やビジネスの世界だけではない。感染症の世界でも同様なのだ。今回のような新型インフルエンザに対して現代の社会や人類が従来以上に大きな危機に曝されているのは事実である。だからパンデミックは起こり得る。むしろ不可避的に起こると断じて良い。

しかしこれを即座に人類の危機であるとか、人間の原罪のせいだと騒ぐのは愚かだ。冒頭に書いたが、我々日本人はどうかするとそういう悲観論が好きだし、昨今のマスコミやマスコミに登場する評論家などは殊更深刻論を喧伝したがる。その方が「面白い」し従って視聴率や購読者数を稼げるからだ。
一方の我々民草もそういう論調に乗せられて深刻ぶるのが好きだ。そのくせ、それこそ喉元過ぎればすぐに忘れてしまう。

新聞やテレビなどの報道機関は、「事実を報道する」事だけが本来の使命ではない。事実とは既に過去の話だ。だから事実を知らせる事など実際誰でも出来る。しかるべき報道機関(そして評論家諸氏)の使命とは「見識」を広める事である。それが出来ないなら報道など病原ウィルスと変わりがないのだ。





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最終更新日  2009.05.05 15:31:35
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