カテゴリ:小言こうべえ
☆ 1月12日(火曜日) 旧十一月二十八日 壬戌(みずのえ いぬ) 友引:
【今日の暦】 正月気分も漸く薄らいで、もう寒中のさ中に入って一週間である。 寒の入りは二十四気の小寒であり、今年は1月5日であった。その後大寒(今年は1月20日)を経て、節分(今年は2月3日)までの期間を寒中という。 東洋の暦では立春を以って冬の終わりとするが、西洋では立春が冬のピークであり、冬は春分の日まで続く。これは、東洋の民族は季節を微分で捉え、西洋は積分で季節をみるという、感性の違いが有るからだ。 何れにしろ今頃は一年の内でも一番寒さが厳しい。 その名に違わず、今日は東京や私の住む所沢付近でも小雪が舞った。 【成人の日のフラミンゴ】 昨11日月曜日、最寄の駅頭に、色鮮やかな和服を身にまとい、一様に真っ白な羽毛のショールを肩に掛けた、フラミンゴみたいな若い女性たちを見かけた。11日は成人の日だったのだ。この日が何の理由で休日なのか忘れていたので、和服姿の女性達を目にして、改めて気が付いた。よく見れば、歩き方もフラミンゴみたいで、和服姿のしとやかさには程遠い。 【ハッピーマンデーという浅知恵】 元々成人の日は1月15日だった。今でも成人の日と云えば15日を思ってしまう。これは2000年に、「ハッピーマンデー」という休日法が施行されたせいだ。役所も世の中も、いい加減な理屈で世間を言いくるめようとする時には大抵カタカナを使うものだ。要するに「アクセク働くしか能が無かった日本人に、少し休日を増やしてやって、ゆとりを与えてやろう。」という政府のお節介とも言える。国民の祝日を特定の日付に固定する代わりに、1月の第二月曜日というように浮動させれば、連休になるから余裕が出来るだろうという訳だ。 「お上の有り難い思し召し」と思えなくも無いけれど、余計なお節介の押し付けだともいえる。連休になっても、こう景気が悪くては、二十歳の子供には縁の無い大方の庶民は、とてもハッピーで優雅どころではなく、不貞寝でもするくらいがせいぜいだろう。 【小正月】 物事には、何事であれ由来というものがある。成人の日が1月15日であったのにもちゃんと理由が有るのだ。 1月15日は「小正月」である。 元日を「大正月」というのに対しての言葉だ。太陰暦では正月の望(満月)の日を小正月といったが、太陰太陽暦(明治の頃までの日本もこれを使用していた)では正月15日が小正月とされた。この日までは「松の内」とされ、日常の色々な行事は控えられていた。そして小正月の日になると、門松や注連飾りを外し、鏡餅も床の間などから引下げた。 冬枯れの田畑に竹を組み合わせた櫓を組み、そこにお正月飾りや書初めなどを持ち寄って、火をつけて焚き上げた。 正月のお祭りも終わり、けじめを付けて、いよいよ始まる日常の生活の安寧と豊作を祈るという意味があったのだ。又、盆の送り火と同じように、門松や注連縄でお迎えしていたお正月の神様をお送りするという意味もあったという。これは、「左義長」とか「どんど(どんととも)焼き」と呼ばれる。 鏡餅を砕いたのを、この火で焼いて、お汁粉にして食べたりもした。また、小正月には小豆粥をこしらえて食べるという、古来の風習もある。これは正月の間、獣の肉を始め、赤いものを食べるのを慎んできたのを、赤いものを小豆に代表させて粥としていただき、けじめをつけるという事だったらしい。 又、松の内には竈を始め色々なものを休ませてやる期間であるのに、その間も何かと忙しかった女たちを労わるという意味で、小正月を「女正月」と呼ぶ地方(主に東北地方)もある。 こう書いてくると、皆さんの内にも子供の頃の情景を思い出す方も多いだろう。 私の場合も、郷里では「左義長」といって、近くの吉野神社に集まり、境内に笹の櫓を組んで、お正月飾りと書初めの半紙などを持ち寄って燃やしたのを思い出す。自分の書初めの半紙が、燃えながら空高く上がっていくと、「字が上手になる」といって喜んだものだ。 今では火事になるとか、有毒ガスが出るなどといって、左義長やどんど焼きなどは、多分郷里の吉野神社でもやらなくなっただろう。 【小正月に元服】 大正月は歳神や祖霊を迎え祝うという、いわば「大所高所」の見地からの行事が主だが、小正月はそれに変わって農業の豊作や、家庭の事柄を祈るという、身近な「小局」に対する行事という色彩が強い。そこで、この日にはその家の男の子の「元服の儀」というのも行われた。これは、数え年で12歳~16歳位の年齢に達した男の子に対して、大人の仲間入りを認めるという儀式で、地方や階層によって様々な変化があるが、要するに「もう大人扱いするから、その積りでしっかりしろ!性のコトもちゃんと教えてやるから。」という趣旨は共通している。 女の子には、古くには「裳着」という儀式があったが、これは公家の女の子だけの成人儀式だった。江戸時代になると女の子にも元服の儀が行われるようになった。江戸時代は女権の飛躍的な伸長の時代でもあったのだ。 しかし、女の子の元服の儀は今とは異なる。派手な服を着るのではなく、むしろ地味な服に改め、日本髪の結い方も大人の女性のスタイルにし、厚化粧をしてお歯黒を付けて、引眉をしたのだ。 この点、今の成人式で猫も杓子もチビ黒サンボも茶髪も、色違いのフラミンゴのように飾り立てるのとは大いに違う。女の子の場合も、男の子と同様、「もう大人なんだから、ちゃらちゃらしないで、大人びた形に改めなさい」という趣旨だったのだ。 因みにお歯黒も引眉も、既婚女性と共に大人の女性のサインだったのだ。 引眉は、本来の眉毛を剃るか抜くかして、その後本来より高い位置に、半円形の眉毛を墨で描くものである。平安時代から男女共に始まり、室町時代には描眉の位置は高くなった。これを「殿上眉」といって、今ではお能の面にその姿を偲ぶことが出来る。 お歯黒(鉄漿)も引眉も、最近の時代劇ではさっぱり再現されなくなった。だから大河ドラマでも民放の時代劇でも、出てくる当時の武家や公家の顔は、あれは皆ウソである。当時は庶民を除き、時代劇の主人公になるような人たちは皆、「千と千尋の神隠し」に出てくる「カオナシ」のような御面相だったのだ。 鉄漿は決して美的なものでは無い。むしろ現代の我々から見れば醜いとすら思える。何しろ「白い歯っていいな」には真っ向から反する。これが廃れてしまったのは、むしろ喜ばしいともいえる。 しかし、引眉は未だに立派に残っている。今では中学校の女の子位から引眉をやっている。流石に大和撫子の末裔。ちゃんと伝統を守っているのかもしれない。 【成人の日は元服の儀礼】 さて、要するに「成人の日」のルーツは、古来の元服にあるのであり、これは小正月の重要な行事の一つだったということだ。 これが、ハッピーマンデー法によって、適当に浮動する事になってしまっては、その由来も意義も薄れてしまう。これでは詰まらないじゃないか、と云いたいわけだ。 小正月の伝統行事をハッピーマンデーにしてしまうのなら、ついでに考えてみて欲しい。 今上の天皇誕生日(12月23日)も、ハッピーマンデーにしてしまったらどうなのか? 畏れながら、今上のお誕生日は師走の慌しい最中、それもクリスマスイブの前日というややこしい日にある。往々にして飛び石連休になるから、余計に慌しさが募る。これをハッピーマンデーにしてしまえば、昨年は19日~21日までの三連休だったし、今年は18日~20日までの三連休。そして来年は23日~25日までの三連休となって、いっそ休日が固まってすっきりする。 こんな事を書くと不敬を疑われ、右翼辺りから狙われるかもしれない。 しかし、私の本意は今上のお誕生日を浮動日にしろという処に有るのでない事は、賢明な皆さんは既にお分かりだろうと思う。 【休日一考】 わが国の祝日、つまり国民の休日は全てそれなりの歴史と理由があってのものである。それぞれの日付というものにはちゃんとした根拠が有るのである。その日に国民がこぞってお休みするというのは、ただぐうたらするのではなく、古人の生活や習慣にいっとき思いを馳せ、我々が拠って来るところを考えてみようという意味合いが有るはずだ。 そういう意味を忘れ、ただ長く休ませてやろうというのでは、おかしいだろうと思うのだ。 わが国には、国民の祝日とされる休日が年間15日有る。 この内「ハッピーマンデー法」によって捻じ曲げられ浮動日になったものが4日ある。 つまり、既に述べた「成人の日」を筆頭に、「海の日」、「敬老の日」、「体育の日」である。これらのそれぞれには、勿論その元になった日付がある。だからその休日の意義や意味を偲ぶという点において浮動休日では感心しない。国民の祝日という以上、その由来に敬意を表して、日付は動かさないようにすべきだ。 【ちょっと余談】 世界で一番「国民の祝日」が多いのはどの国か 答えは我が日本国である。 これは「振替休日」というのを含めての話だ。 例えば今年の場合だと、お正月の三が日(3日間)、1月11日成人の日、2月11日(紀元節)、3月22日(春分の日の振替)、4月29日(昭和天皇生誕祭)、5月3日~5日(3日間。憲法施行記念日、端午の節句。「みどりの日」という変な祝日も含む)、7月19日(海の日)、9月20日(年寄りの日)、9月23日(秋分の日)、10月11日(東京オリンピック開催記念日)、11月3日(文化の日)、11月23日(勤労感謝の日)、12月23日(今上生誕祭)となる。今年は土曜と日曜を除き述べ17日間ある。これは世界ダントツである。 私は休日の多さを問題にはしない。これが「国民の休日」として定められ、法律で一億三千万の国民が一斉に「休む」ことを強制するものである事が胡散臭いと思うのだ。(無論休日を当て込んで商売に勤しむ人たち、つまりコンビニの店員や、観光地の旅館の職員、お土産物屋さん、鉄道やバス、航空会社の人たち、そして警官や消防の人たちは休日とは無縁だが、とりあえず面倒なのでこういう例外は無視する。) 日本人はどうしても右へ倣えという気風が抜けず、休日だって「皆が休むから」としてやらないと、中々休みにくい。従って休日になると巨大な人口が大挙して「休み」、一斉にあちこちへ「ゆとりの休息」を取りに出かける。その結果電車も飛行機も混雑し、道路は渋滞してお父さんは苛々し、方々で事故も起きる。旅館は「季節料金」と称して法外な値段をふっかける。 お陰で、本当にゆとりを以って休息しようと思う人は、都内に残ってガラガラの道路を悠々と通り、綺麗な空気を楽しむほうが良いことになる。 良く考えてみると、国民の祝日の内、本当に国民全体で祝うべき根拠をしっかり持っているのは、お正月と、昭和天皇生誕祭、憲法記念日(5月と11月)、新嘗祭、今上生誕祭、そして春分・秋分の日位ではなかろうか?これでも延べ10日間である。 後は各自治体それぞれが、その土地に因んだ祝日(休日)を銘々定めるようにしたらどうか。又企業や学校などにおいては、創立記念日や上場記念日などを理由にして、やはり銘々に休日や休暇を取れる期間を決めることにする。その際にはハッピ-マンデーやTGIF(Thank God! It’s Friday!)などを(あくまでも銘々に)考慮すればよい。 実際アメリカでは、連邦法で定められた一斉休日は少なく、州ごとや企業ごとに休まなかったり、新たに休日を定めたりしている。 こうすれば大混雑も、「休日料金」と称する理不尽も、お父さんの苦労も疲労も、多少は緩和されると思うのだが。 日本人お得意の「一斉主義」も多少変えてみればよいと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010.01.13 18:58:38
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