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マックの文弊録

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2010.08.09
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カテゴリ:そこいらの自然
☆ 8月9日(月曜日) 旧六月二十九日 辛卯(かのと う) 仏滅: 長崎原爆の日

上野公園を歩いていたら、乾いた地べたに直径2cm位の穴が、幾つも幾つも開いているのを見つけた。周りは文字通り降るような蝉の声である。そう、これらの穴は蝉の幼虫が羽化するために、こじ開けて地上に出てきた跡なのだ。
こういうものは、いったん見つかりだすとどんどん見つかるものだ。見回すとあちらにもこちらにも、およそ舗装の無い土の地面には遍く、沢山の穴が開いているのだ。

セミの抜け殻近くの木の幹を見上げると、今度は蝉の抜け殻だ。茶色の油紙でこしらえたような小さな虫の形が、三対の足で樹肌にしがみついている。これも見つかりだすと際限なく目に付く。

上野公園は人も知る桜の名所で、春には花見客が一杯やって来て賑やかなこと夥しい。そして夏になると蝉の大群だ。聞こえる鳴き声の殆どはアブラゼミだ。
桜の木は、梨やリンゴなど他のバラ科の木とともに、アブラゼミの成虫に好まれる木である。
春の酔客の騒ぐ声、夏のアブラゼミの大合唱。上野公園は徳川時代を懐かしんでか、賑やかなのがお好きなようだ。

不思議なのは、酔客の騒ぎ声はうるさいのに、セミの声は大合唱でもうるさいと感じない。そこいらをそぞろ歩いている人も、うるさそうな風がない。

これほど多数のセミが鳴いていると、全体が一種の音の雰囲気というか、環境音のようになってしまい、却ってうるさくなくなるのかもしれない。その証拠に先日私の部屋の前に飛んできて鳴いた一匹だけのアブラゼミは実にうるさかった。

だから、芭蕉がセミの声を聞いて、染み入るような静けさを感じたのも分かる。
山形の立石寺の芭蕉は、滴るような緑の中でセミの大合唱に包まれていたのだろう。その中で芭蕉の心は、却って深い静寂を覚えていたのだろうという気がする。
しかもこのセミはアブラゼミだったはずだ。クマゼミやツクツクホウシは、鳴き声に余りにリズムがありすぎる。ミンミンゼミも同様だ。ヒグラシだと、静けさとの組み合わせは何だかわざとらしい。
だから芭蕉の周囲は、独特のリズムもなく一様平坦に鳴き続けるアブラゼミの声に満ちていたはずなのだ。

アブラゼミアブラゼミは、北海道から九州まで、日本全国に分布しているから、もちろん当時の立石寺にも居たのは間違いない。そして、山形地方では比較的夏の暑さが厳しく、アブラゼミの生息数はミンミンゼミを凌駕していたのだそうだ。だから芭蕉先生のセミはアブラゼミだった。

しかし最近では、ご他聞にもれぬ都市化現象による市街地の高温・乾燥化で、立石寺のある山形市内でも、比較的高温乾燥環境を好むミンミンゼミの生息数が急速に増えているそうだ。

そうなると、ミンミンゼミの三小節単位の鳴き声では、静寂さは感じられないし、ましてやアブラゼミとミンミンゼミの競演とでもなれば、静けさには程遠い。
芭蕉の名句は当時の立石寺だから生まれたのであって、今の時代では無理だったろう。

セミは羽化すると一週間ほどの命だと云われている。だから短命の果かなさの喩えとして引用されることが多い。
しかし、これは俗説だ。水を差すようだが、実はアブラゼミは羽化した後も1~2ヶ月は生きて鳴いているらしい。夏の頃よく道端にセミの死骸が落ちているが、あれは殆ど鳥にやられたものだ。セミの体はタンパク質が豊富で、鳥たちの恰好の餌になる。夏場のセミは短命さの故ではなく、鳥に襲われて命を落とすのだ。
それに、アブラゼミは羽化する前、地中で約6年間を幼虫として過ごす。
つまりセミは短命どころか、昆虫仲間では類まれな長寿虫なのだ。





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最終更新日  2010.08.16 16:19:38
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