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マックの文弊録

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2011.04.13
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カテゴリ:何か変だね
【2011年辛卯 4月13日 水曜日 旧 三月十一日 戊戌(つちのえ いぬ) 先勝: 】

地震の後始末や福島原発事故の収拾に、日本中がじれったい思いをしているさ中に、統一地方選前半の投開票が行われた。
結果は「民主党の大敗」だった。これについては谷垣さんを始め野党の面々、それに与党民主党内部まで、異口同音に「今回の震災への対応を通して噴出した、国民による管内閣不信」を理由とし、管総理の退陣を喧伝している。

ところが、私はそうは思わない。
今回の大地震・津波と福島第一原発の事故による損害は未曾有のスケールであり、未だ被災の全貌すら掴めていない東北地方の復興には長期にわたる政策と支援が必要になる。福島第一原発に関しては、連日「想定外」、「分からない」、「予想もつかなかった」の連続であり、総体的対策のビジョンすら持ち得ない状況だ。それにこの国は既にかなり以前から財政難の中にある。

これらによるインパクトは、先の大戦での敗北以来最大のもの、いやそれを凌駕するほどのものだと言っていい。

一人の政治家、一つの政党が対処できるレベルを、今回の「国難」は確かに超えている。
これは仮に、当事者を谷垣さんと自民党に置き換えてみても同じはずだ。

しかし、被災者の、そして彼らの苦衷にやきもきしている国民の目からすると、当面の批判や欲求不満をぶつける相手はどうしても、その時の施政者になる。それが今回の統一地方選の前半での得票結果となって現れたのであろう。

当事者以外の野党に対しては、「あんたらも、ただ見ているだけでなく、何かしろよ。」という気持ちはあっても、「じゃぁ代わりに、あんたしっかりやってくれよ」という「支持」などではないのだ。その辺は谷垣さんもうすうす感じていらっしゃるのだろう。最近の民主党政権批判の舌鋒も鈍りがちであると私には感じられる。

他の野党?
他の野党は暫く前からポピュリズムとしか言いようが無いから論外である。

日本の政党や政治家は先の大戦での敗戦以来(それ以前からとも言える)、60年間で「軟弱」で「小粒」になった。
私は、「今民主党に代わり得る指導者や政党が選択肢としてない」、そう思う。「菅さんがダメならこの人に」、「民主党に代えてこの党に任せよう」、そういう選択肢が無いのが、今のこの国の深刻な問題だと思う。

巨大で強烈な向かい風の中で、リーダーを務めるのは本当に辛い。強風に吹き曝らされるのみならず、身内から思わざるに足を引っ張られたりもする。
忖度するに、菅さんは今、本音では心底「辞めたい」と思っていらっしゃるだろう。実際こういう状況では、出来るものなら辞めてしまうのが一番楽なのだ。それは私も経験上つくづく知っている。

かなり無理がある比喩だが、菅さんは今徳川慶喜のような立場かもしれない。国を想い天皇を崇敬していた、水戸藩の精神的伝統を継ぐ彼は、幕政を大改革して雄藩の実力者を糾合し、外国の圧力という「国難」を乗り切ろうとした。しかし、衆寡敵せず、徳川政権は最後は周知の如く瓦解した。

・・・そういえば、今回の東京都知事選で「攘夷」を公約に掲げた候補者が居たが、これも現代の状況を反映したのだろうか?彼が泡沫候補として終わったのは、ご同慶の至りであった。

菅さんは東京工業大学で応用物理学を勉強されたそうだ。つまり理科系人間である。
理科系の学問、その代表である自然科学には「絶対」という言葉は無い。あるのは「境界条件」と「論理的蓋然性」である。それに「母なる自然に対する憧憬とロマン」であろうか。
自然を対象にして未知の領域を探求する分野には「絶対」とか「確実」という概念は無いのだ。これは自然科学を土台にした工学の分野でも同じであると思う。従って、境界条件を逸脱した状況が起こると、それは「想定外」ということになる。

「絶対」とか「確実」というのは、宗教やドグマの世界のことである。
しかし、民草の世界、特に政治の世界にはこの「絶対」とか「確実」が要求される。社会に対して「絶対」、「確実」と「断言」できる能力。それを他人に強引に信じさせる能力。これが古来政治家や指導者に必須の資質とされ、そういう資質を備えていると看做された人間が、優れたリーダーや偉大な指導者として、この世界では尊敬され人気を博する。

この辺の能力が現在の与野党のリーダー達には薄い。だから近頃の政治家は軟弱で小粒になったという印象がある。例外かも知れないのは、中部地方の市長や「みんなの・・・」の代表辺りだが、彼らは単なるポピュリストに過ぎないと、私には思えるから論外だ。

しかし、彼らが政治家に伝統的とされる能力に劣っていることは、悪いことなのだろうか?この「国難」を救い、日本が再び「発展」を再開するのに、「絶対確実」を標榜するリーダーを我々は望んでいるのだろうか?

この点は今こそ慎重に考えるべき時だと私は思うのだ。





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最終更新日  2011.04.13 07:51:19
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