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カテゴリ:古典
秋立ちて、幾日(いくか)もあらねば、この寝ぬる、
朝明(あさけ)の風は、手本(たもと)寒しも 作:安貴王(あきのおほきみ) 万葉集より <秋になって何日もたっていないのに、この寝ての朝の風は手元に寒く感じられます> ホントに最近は朝夕 肌寒く感じるこの頃です。 秋といえば お月見、そして 秋の七草 ハギ、キキョウ、クズ、ナデシコ、オバナ(ススキ)、オミナエシ、フジバカマ ですね。 山上憶良(やまのうえのおくら)が詠んだ2首の歌がその由来とされています。 秋の野に 咲きたる花を 指折り(およびをり) かき数ふれば 七種(ななくさ)の花 萩の花 尾花 葛花 瞿麦の花 女郎花 また藤袴 朝貌の花 ということで、本日のお題 「万葉の色」 尚、昨日のお題は 「カップ麺 食べすぎは怖い」 ご覧になってない方はこちらもどうぞ 秋の七草のひとつである葛(くず)の根は、和菓子や風邪薬(葛根湯)、入浴剤、石鹸などの原料としてよく知られていますが、古代にはこの根をたたいて繊維状にし、衣類にも利用されていたようです。 「吉野葛」が葛の代名詞となっているように奈良は日本有数の葛の産地ですが、奈良といえば「万葉集」を思い浮かべます。 天然の染料や顔料を使って万葉人はどのような色のものを着ていたのでしょうか? この頃の色彩として文献には、、蘇芳色(すおういろ)、杏色(あんずいろ)、菜の花色(なのはないろ)、千歳緑(せんさいみどり・ちとせみどり)、 藍色(あいいろ)、紫苑色(しおんいろ)、唐茶(からちゃ)、錆浅葱(さびあさぎ)、墨色(すみいろ)、卯の花色(うのはないろ)などが載っています。 卯の花色は「万葉集」にもしばしば登場します。 卯の花も、いまだ咲かねば、霍公鳥(ほととぎす)、 佐保の山辺(やまへ)に、来鳴(きな)き響(とよ)もす 作:大伴家持(おおとものやかもち) 万葉の色の基本色彩は赤と青で、大和の宇陀地方に赤土があるところからきていると思われます。 宇陀の安騎野(大宇陀町)には柿本人麻呂の歌碑があり、周辺は確かに赤土です。 万葉の色は、中国のような絢爛な鮮やかな色ではなく、自然からもらった抑えた色で、鮮やかな色は、後年 中国などから渡ってきた色です。 少し後の奈良時代の色彩としては、奈良・明日香村で発掘された高松塚古墳の壁画に、4人の女子群像が描かれています。 それぞれ赤系・緑系・黄系・紫系の衣装をまとっていて、この時代の女性が鮮やかな色彩を楽しんでいたことがわかります。 原色に近い色をそのまま使うというのは、そのころの中国の影響だと言われています。 片や 平安時代の京都の色づかいは、十二単に代表される襲(かさね)の色目、すなわち、グラデーションの美しさにあったようです。 京都に都が置かれるようになると、日本独自の美意識が育まれて、鮮やかな原色だけではあきたらず、何色も色を重ねるようになったのだと思われます。 例えば、紅梅という春にぴったりの襲があります。 表は紅花で染めた紅梅をあしらい、裏は蘇芳(すおう)で染めた赤を重ねることで、ピンクから濃いピンクに赤の3色のグラデーションが完成します。 平安貴族たちは、こういう襲の妙で個性を競い、季節ごとに色を楽しんでいたのでしょう。 現代は化学染料でいろいろな色を出せますが、古代の人は少ない色調をさまざまな工夫をして、色を楽しんでいたのでしょうね。 尚、古代の色として、過去ログに「丹色(にいろ)」があります。 また 色に関しては、別ブログにいろいろあります。 「子供部屋は何色がいい?」、「インテリアで大事な色」、「みんなに好まれる色は?」、「カラーでコスメ」 業務多忙のため、お返事、ご訪問コメが遅れております。 ご容赦! 大切な命を守るためにご覧頂けると幸いです。 <オマケ> シリーズ化してしまった懐メロ 本日は懐メロではなく、タイトルにあわせて邦楽 「六段」、お正月におなじみの「春の海」 以前 この仕事部屋の奥に「琴」が置いてありました。 むろん 私が弾くわけじゃないですけどね。 なぜか大学からアクセスの多い別ブログ まったく更新してませんが・・・ ●別ブログ9/10の新着は「北野・異人館街」 前回は「A. KY」 こちらも見てね お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2008年10月06日 22時14分57秒
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