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2020年11月19日
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  小嵐九八郎の『蕪村』は、長年蕪村という人物にかかわってきた人間にとっては、非常に面白い物語の展開で、蕪村論もここに極まった感すらあった。とりわけ、蕪村の幼少期にはじまるさまざまな謎に納得のいく解法を与えたこと。それを、二重虚構の方法でその発想を作家自身の意見ではなく、あたかも河東碧梧桐の手記にはかくあったという形で展開していたことである。そして、最終章は蕪村ポエジーの唯一の理解者と思われる萩原朔太郎を引っ張り出して、彼が碧梧桐の手記を参照にして『郷愁の詩人与謝蕪村』をまとめ上げるところで終わるという虚構の虚構の虚構という実に巧妙な構成で仕上げているのは、さすがと唸らされた。
 小嵐は全共闘世代の作家で、私とは同時代人である。人間の見方に独自の鋭さがあり、大好きな作家でもある。
 

 ただ、私の蕪村像とはかなりな隔たりがあり、私のそれとの関連では上に挙げた葉室麟の『恋時雨』がもっともふさわしい。また、最近知って読んだ折口真喜子の蕪村説話『恋する狐』や、目下取り寄せ中の彼女の蕪村説話第1集に相当する『踊る猫』の蕪村像に私は小嵐とは別の虚構の真実をみる。

 ​​荘子のいう「無用の用」的な人生を選んだ蕪村は、京都四条通りの同時代の近隣絵師たちの円山応挙、池大雅、若冲とはまったく異なるたたき上げの絵師で終生を荘子のいうところの鳳凰(鵬)の羽ばたきのままに生き抜いた稀有な人物であった。その生涯の闇の部分が彼のそんな人生行路を支えたとしても、私は虚構というものの真実の描き方の点で小嵐よりも葉室や折口の方に愛着を感じてしまう。

 彼が「白梅の明くる夜ばかりとなりにけり」との辞世を残して亡くなった後、几董ら夜半亭2世の門弟たちは、この三文絵師の世評とは裏腹に素寒貧そのものの暮らし向きに驚き、
彼の反古同様の作品を屏風に貼り合わせ知人らに売却して資金を捻出し、蕪村夫人と娘の身の振り方をなんとかすませたという。
 芭蕉の「一処不住」そのままに生き、「芭蕉に帰れ」という当時の俳壇の動きにもさほど尽力しなかった彼の、常に「ちょっと背伸び」をし現実と絶妙な距離をとり続けたところに私は蕪村のもうひとつの虚構の真実があると思える。このもうひとつの真実こそが他者を受け容れる際に必要不可欠な優しさだと考えてきた。
 葉室麟も小嵐とは全く別の視点から蕪村と同時代の雰囲気を摘出してきているし、そんな蕪村を総体として実にうまく採り入れ、斬新な蕪村説話を次々に生み出してきている折口真喜子の手腕にはとりわけ瞠目している。
 私は、蕪村のそんな茫洋とした生き方にもっとも重きをおく人間で、そんな蕪村からさまざまな見方が生まれて当然だと考えてきた。  
      
             ​ ​仙遊洞蔵の木彫の荘子像​
 
しかし、小嵐の登場で蕪村の虚構の世界でのイメージもほぼ出揃ったことに時代的な大きな節目を感じている。
 この21世紀は、ある意味老子的な生き方を貫いた芭蕉からちょっと背伸びして荘子的な<無為自然・万物斉同>という生き方を期せずして身につけた蕪村から漂ってくる気配といったものをもっともっと再検討されるべき時が来ていると私は思う。​





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最終更新日  2020年11月19日 11時10分56秒
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